霧島鐵力(きりしま てつお)は、音羽山部屋に所属するモンゴル・ドルノド出身の大関です。1996年4月24日生まれの30歳で、幕内最高優勝は3回。2024年5月場所で一度は大関から落ちましたが、2026年3月場所の優勝で大関に戻り、同年9月場所は3場所目の綱取りに挑んでいます。この記事では、協会公式プロフィールの数字、霧馬山から霧島への改名と部屋の移籍、陥落から返り咲きまでの土俵歴、横綱昇進の目安とライバルとの対戦成績を、出典付きで整理します。
この記事で扱う「霧島」について
この記事は、現役大関の霧島鐵力(旧しこ名・霧馬山)についての解説です。元大関の霧島一博(陸奥親方)とは別の力士です。数字は日本相撲協会公式プロフィールの令和8年(2026年)九月場所初日時点の値です。
この記事でわかること
- 霧島の読み方・本名・年齢・身長体重と、先代の霧島一博との見分け方
- 「霧馬山」の由来と、2023年の改名・2024年の音羽山部屋への移籍
- 18歳で相撲を始めてから、大関陥落を経て返り咲くまでの土俵歴
- 協会公式の生涯戦歴・幕内戦歴と、直近6場所の成績の表
- 横綱昇進の目安と、2026年5月・7月にあと一歩で優勝を逃した経緯
- 大の里・豊昇龍ら上位陣との対戦成績と、左四つからの取り口
霧島とは|読み方・本名・年齢・身長の基本プロフィール
霧島は「きりしま てつお」と読み、本名はビャンブチュルン・ハグワスレン、30歳の音羽山部屋の東大関です。
しこ名は霧島鐵力と書きます。「鐵」は「鉄」の旧字で、読みは「てつお」です。
日本相撲協会の公式プロフィールに載っている基本情報は次のとおりです。和暦で書かれている日付は西暦に直しています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| しこ名 | 霧島 鐵力(きりしま てつお) |
| 本名 | ビャンブチュルン・ハグワスレン |
| しこ名履歴 | 霧馬山 → 霧島 |
| 生年月日 | 1996年(平成8年)4月24日(30歳) |
| 出身地 | モンゴル・ドルノドゥ |
| 身長・体重 | 186.0cm・150.0kg |
| 所属部屋 | 音羽山部屋(2024年4月までは陸奥部屋) |
| 得意技 | 左四つ・寄り・投げ |
| 初土俵 | 2015年5月場所 |
| 新十両 | 2019年3月場所 |
| 新入幕 | 2020年1月場所 |
| 新三役 | 2021年11月場所 |
| 大関昇進 | 2023年7月場所 |
| 最高位 | 大関 |
| 2026年9月場所の番付 | 東大関 |
※出典:日本相撲協会公式 力士プロフィール(令和8年九月場所初日時点、2026年9月13日取得)
協会の力士アンケートでは、相撲を始めた年齢を「18歳」と答えています。好きな食べ物は肉、趣味はゲームと筋トレ、座右の銘は「一生懸命」です。音羽山部屋の公式サイトも、2014年に「相撲未経験」で来日し入門したと紹介しています。
出身地の表記は、協会では「ドルノドゥ」、所属する音羽山部屋の公式サイトでは「モンゴル・ドルノド県出身」と書かれています。モンゴルの東の端にある県で、同じ地名を指しています。
「霧島」は3つある|霧島鐵力・先代の霧島一博・ちゃんこ霧島の違い
「霧島 力士」で調べると、いま土俵に上がっている大関の霧島鐵力と、先代の元大関・霧島一博の情報が混ざって出てきます。さらに両国には「ちゃんこ霧島」という店もあり、名前だけでは区別がつきません。
3つの関係を表にまとめます。
| 名前 | 何か | 現役の霧島との関係 |
|---|---|---|
| 霧島 鐵力(てつお) | 現役の大関。音羽山部屋。モンゴル出身、1996年生まれ | この記事の主役 |
| 霧島 一博(かずひろ) | 元大関。引退後は陸奥親方として陸奥部屋を率いた | 入門時の師匠。現役の霧島は大関昇進のときにこの師匠のしこ名を継いだ |
| ちゃんこ霧島 | 両国にあるちゃんこ料理店 | 公式Xアカウント名は「元大関霧島 陸奥親方の店」。先代の霧島一博ゆかりの店 |
※出典:日本相撲協会公式プロフィール、音羽山部屋公式サイト、中日スポーツ、ちゃんこ霧島の公式Xアカウント
見分けるときは、しこ名の下の名前を見るのが確実です。現役は「鐵力(てつお)」、先代は「一博(かずひろ)」です。「角界のアラン・ドロン」という異名は、先代の霧島一博のものです。現役の霧島とは別の人物の逸話なので、混ぜないように注意してください。
反対に、「元霧馬山」「モンゴル出身」「音羽山部屋」「綱取り」といった言葉と一緒に出てくる霧島は、現役の霧島鐵力を指しています。
霧馬山から霧島へ|しこ名の由来と部屋の移籍
入門時は霧馬山を名乗り、2023年の大関昇進で師匠のしこ名「霧島」を継ぎ、2024年に音羽山部屋へ移りました。
霧島は、しこ名も所属部屋も途中で変わっています。古い記事では「霧馬山」「陸奥部屋」と書かれていることがあるので、変わった順に整理します。
| 時期 | しこ名 | 所属部屋 | できごと |
|---|---|---|---|
| 2014年 | ― | 陸奥部屋 | 来日し、相撲未経験で陸奥部屋に入門 |
| 2015年5月場所 | 霧馬山 | 陸奥部屋 | 初土俵 |
| 2023年7月場所 | 霧島 | 陸奥部屋 | 大関昇進にあわせて改名 |
| 2024年4月2日付 | 霧島 | 音羽山部屋 | 陸奥部屋の閉鎖にともない転籍 |
※出典:音羽山部屋公式サイト、日本相撲協会公式プロフィール、日本経済新聞
霧馬山の由来|師匠の「霧」・遊牧民の「馬」・双葉山の読み
入門したときのしこ名「霧馬山(きりばやま)」には、3つの意味が込められています。音羽山部屋の公式サイトは、師匠である陸奥親方の現役名「霧島」から一字、遊牧民にちなんだ「馬」、そして時津風一門の創始者である双葉山から読みをとった名前だと説明しています。
同じサイトによると、霧島は遊牧民の父のもとで育ち、幼いころから乗馬や水くみで足腰を鍛えられました。モンゴルではブフ(モンゴル相撲)と柔道に打ち込み、当時の体重は80kgほどだったといいます。
2023年の大関昇進で師匠のしこ名「霧島」を継ぐ
2023年5月場所後に大関昇進が決まると、しこ名を師匠の陸奥親方の現役時代と同じ「霧島」に改めることが発表されました(中日スポーツ)。
師匠が大関まで上がったときのしこ名を、同じ大関の地位で弟子が名乗る形です。このため「霧島」という大関は、角界の歴史の中に2人いることになります。
2024年4月 陸奥部屋の閉鎖で音羽山部屋へ|師匠は元横綱・鶴竜
日本相撲協会の理事会は、4月2日付での陸奥部屋の閉鎖と、大関霧島や師匠の陸奥親方(元大関霧島)らの同じ時津風一門の音羽山部屋への転籍を承認しました(日本経済新聞)。
音羽山部屋の師匠は、第71代横綱の鶴竜(音羽山親方)です。音羽山部屋の公式サイトによると、鶴竜は2019年9月に井筒部屋の閉鎖にともなって陸奥部屋へ移り、同じモンゴル出身の先輩として霧馬山に助言してきました。その助言で食事の量を増やし、体重が10kg増えて立ち合いに重さが出たと紹介されています。
土俵歴|相撲経験ゼロの来日から大関陥落、再昇進まで
18歳で相撲を始めて2015年に初土俵、2023年に大関、2024年に陥落し、2026年に大関へ戻りました。
初土俵から2026年9月場所までの主なできごとを年表にまとめます。
| 時期 | 番付 | できごと |
|---|---|---|
| 2015年5月場所 | 前相撲 | 初土俵(霧馬山) |
| 2019年3月場所 | 十両 | 新十両 |
| 2020年1月場所 | 前頭 | 新入幕。この場所で敢闘賞 |
| 2021年11月場所 | 小結 | 新三役 |
| 2023年3月場所 | 関脇 | 新関脇で12勝3敗、初の幕内優勝(技能賞) |
| 2023年7月場所 | 大関 | 大関昇進、しこ名を霧島に |
| 2023年11月場所 | 大関 | 13勝2敗で2度目の幕内優勝 |
| 2024年5月場所 | 大関 | 1勝6敗8休。2場所連続の負け越しで陥落が決まる |
| 2026年3月場所 | 関脇 | 12勝3敗で14場所ぶり3度目の優勝(殊勲賞) |
| 2026年5月場所 | 大関 | 大関に復帰。12勝3敗、優勝決定戦で若隆景に敗れる |
| 2026年7月場所 | 大関 | 12勝3敗、優勝決定巴戦で敗れる |
| 2026年9月場所 | 大関 | 3場所目の綱取り |
※出典:日本相撲協会公式プロフィール・星取表、音羽山部屋公式サイト、各社報道
18歳・相撲未経験で来日、2015年5月場所で初土俵
音羽山部屋の公式サイトによると、霧島は2014年に来日し、相撲の経験がないまま陸奥部屋に入門しました。師匠の陸奥親方は「センスがある」と評価したと紹介されています。
初土俵は2015年5月場所です。序ノ口から三段目までは各1場所で通過し、三段目優勝も果たしました。協会の公式プロフィールには、幕下優勝1回・三段目優勝1回の記録が残っています。けがによる休場を経験しながら、2019年3月場所で新十両、2020年1月場所で新入幕と番付を上げました。
2023年 新関脇で初優勝→大関昇進→11月場所で2度目の優勝
大きく伸びたのは2023年です。1月場所は東小結で11勝4敗・技能賞、3月場所は新関脇で12勝3敗として初の幕内優勝を果たし、2度目の技能賞も受けました。5月場所も東関脇で11勝4敗・技能賞とし、三役で3場所合計34勝を挙げて大関昇進を決めました。
大関に上がった7月場所は6勝7敗2休と苦しみましたが、9月場所で9勝6敗、11月場所では西大関で13勝2敗とし、2度目の幕内優勝を手にしました。
2024年5月場所 在位6場所で大関陥落
2024年に入ると成績が落ちます。1月場所は11勝4敗でしたが、3月場所は5勝10敗と負け越し、カド番で迎えた5月場所は1勝6敗8休に終わりました。2場所連続の負け越しで、6場所在位した大関から陥落することになりました(日本経済新聞)。
大関から落ちた力士は、翌場所に関脇で10勝以上を挙げれば大関に戻れる特例があります。霧島は2024年7月場所を東関脇で8勝7敗としたため、この特例では戻れませんでした。そこから2025年にかけては、関脇・小結と前頭上位を行き来する時期が続きます。
2026年3月場所 14場所ぶり優勝と大関返り咲き
流れが変わったのは2025年11月場所です。東前頭二枚目で11勝4敗・敢闘賞、続く2026年1月場所で東関脇11勝4敗・敢闘賞と白星を重ねました。
2026年3月場所は東関脇で12勝3敗。14日目に、優勝の可能性があった3人がいずれも敗れて優勝が決まる展開となり、14場所ぶり3度目の優勝を果たしました(時事通信・中日スポーツ)。殊勲賞も受けています。
場所後、霧島の大関再昇進が決まりました。中日スポーツによると、陥落した翌場所の特例以外で大関に返り咲いたのは、魁傑と照ノ富士に続いて3人目です。1969年名古屋場所以降に大関へ戻った例としては、特例を含めて10例目にあたります。
通算成績と直近6場所
協会公式の生涯戦歴は481勝309敗25休、幕内戦歴は342勝232敗12休(2026年9月場所初日時点)です。
協会の公式プロフィールでは、通算の数字を「生涯戦歴」と「幕内戦歴」の2つに分けて載せています。生涯戦歴は序ノ口から幕内までのすべての本場所、幕内戦歴は幕内で取った場所だけの成績です。どちらも「令和八年九月場所:初日時点」とされていて、9月場所初日の白星までは含まれていません。
| 区分 | 成績 | 場所数 |
|---|---|---|
| 生涯戦歴 | 481勝309敗25休 | 68場所 |
| 幕内戦歴 | 342勝232敗12休 | 40場所 |
※出典:日本相撲協会公式プロフィール(令和八年九月場所初日時点)
受賞歴は次のとおりです。幕内優勝3回のほか、三賞は殊勲賞1回・敢闘賞4回・技能賞4回を受けています。金星は0個です。
| 賞 | 回数 | 主な場所 |
|---|---|---|
| 幕内優勝 | 3回 | 2023年3月場所・2023年11月場所・2026年3月場所 |
| 幕下優勝 | 1回 | ― |
| 三段目優勝 | 1回 | ― |
| 殊勲賞 | 1回 | 2026年3月場所 |
| 敢闘賞 | 4回 | 2020年1月場所・2025年1月場所・2025年11月場所・2026年1月場所 |
| 技能賞 | 4回 | 2023年1月場所・2023年3月場所・2023年5月場所・2025年5月場所 |
| 金星 | 0個 | ― |
※出典:日本相撲協会公式プロフィールの「戦歴・受賞歴」と星取表、音羽山部屋公式サイト
直近6場所の成績|3場所続けて12勝3敗
綱取りの根拠になっているのが、直近の安定した成績です。2026年3月場所から7月場所まで、3場所続けて12勝3敗を挙げています。
| 場所 | 番付 | 成績 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2026年7月場所 | 東大関 | 12勝3敗 | 優勝決定巴戦で敗れる |
| 2026年5月場所 | 東大関 | 12勝3敗 | 優勝決定戦で若隆景に敗れる |
| 2026年3月場所 | 東関脇 | 12勝3敗 | 幕内優勝・殊勲賞 |
| 2026年1月場所 | 東関脇 | 11勝4敗 | 敢闘賞 |
| 2025年11月場所 | 東前頭二枚目 | 11勝4敗 | 敢闘賞 |
| 2025年9月場所 | 西関脇 | 6勝9敗 | ― |
※出典:日本相撲協会公式プロフィール 星取表(2026年9月13日取得)。決定戦の結果は中日スポーツ・大相撲百科の千秋楽記事による
2025年9月場所の6勝9敗で前頭に落ちたあと、5場所で合計58勝17敗という数字です。2026年9月場所は初日に東前頭筆頭の琴勝峰を上手投げで破り、白星発進しました(2026年9月13日時点)。2日目以降の結果は、場所中の取組結果の記事や協会の星取表で確認してください。
霧島は横綱になれる?|9月場所は3場所目の綱取り
横綱昇進の原則は大関で2場所連続優勝で、霧島は優勝と内容の両方を求められる3場所目の綱取りです。
2026年9月場所は、大関に戻ってから3場所目にあたります。5月場所・7月場所に続いて、場所前から「綱取り」の場所と位置づけられてきました。ただし、昇進するかどうかは場所後の審議で決まるもので、現時点で決まっていることはありません。
横綱昇進の目安|横綱審議委員会の内規
横綱への推薦は、横綱審議委員会(横審)の内規が目安になっています。時事通信のコラム(2009年)に掲載された内規では、次のように定められています。
- 大関で2場所連続優勝した力士を横綱に推薦することを原則とする
- 2場所連続優勝に準ずる好成績をあげた力士を推薦する場合は、出席委員の3分の2以上の決議を必要とする
※出典:時事通信「土俵百景」(2009年)掲載の内規の文言による。日本相撲協会・横綱審議委員会が公開する原文は確認できていません
霧島は、5月場所・7月場所ともに優勝同点の12勝3敗でしたが、優勝には届きませんでした。内規の原則である「大関で2場所連続優勝」には、まだ当てはまっていません。
5月は決定戦、7月は巴戦|2場所続けて最後の一番で優勝を逃した
大関復帰の場所となった2026年5月場所は、12勝3敗で若隆景と並び、優勝決定戦に進みました。決定戦は若隆景が押し出しで霧島を破り、若隆景が25場所ぶり2度目の優勝を果たしています(中日スポーツ)。
7月の名古屋場所では、13日目に2敗同士で安青錦と当たり、肩透かしで敗れました。それでも千秋楽に琴櫻との大関対決を寄り切りで制して12勝3敗とし、安青錦・熱海富士と3人の優勝決定巴戦に進みます。巴戦は1番目で熱海富士に敗れ、3番目で安青錦に寄り切られて、安青錦の優勝で幕を閉じました。
2場所続けて12勝を挙げながら、最後の一番で優勝を逃した形です。場所ごとの流れは、夏場所千秋楽の記事、名古屋場所13日目の記事、名古屋場所千秋楽の記事で詳しく振り返っています。
審判部長が求める「ハイレベルの成績」と内容
5月場所後、審判部長は7月場所の綱取りについて「もちろん。来場所優勝ともなればね」と語り、結果と内容のどちらも大事だとの考えを示しました(中日スポーツ)。
7月場所後も、審判部長は「12勝は大きい。来場所も綱取り。優勝してハイレベルの成績ならば(昇進は)ありでしょう」と語っています(スポーツ報知)。9月場所前の9月11日には、「ただ優勝するだけじゃなくて、結果もそうだし、それに見合った相撲の内容もそう」と、白星の数だけでなく取り口も見ると述べました(日刊スポーツ)。
つまり、9月場所で求められているのは「優勝」と「優勝にふさわしい内容」の両方です。場所中は、横綱・豊昇龍が右膝の手術から間に合わず初日から休場しています(豊昇龍休場の記事)。番付の顔ぶれは最新の番付表で確認できます。
相撲の特徴|左四つ・寄り・投げと足腰
霧島は左四つから寄りと投げで攻める力士で、過去6場所の決まり手は寄り切り20%・押し出し19%です。
協会の公式プロフィールでは、得意技を「左四つ・寄り・投げ」としています。左四つは、自分の左腕を相手の右腕の内側に差して組む形です。組んでから前に出る寄りと、まわしを取って崩す投げの両方を持っているのが霧島の相撲です。
協会が過去6場所の取組から算出した決まり手の傾向は、次のとおりです。
| 決まり手 | 割合 |
|---|---|
| 寄り切り | 20% |
| 押し出し | 19% |
| 上手投げ | 12% |
| その他 | 49% |
※出典:日本相撲協会公式プロフィール「決まり手の傾向」(過去6場所・78取組59勝、うち不戦勝1を含む)
寄り切りと押し出しで約4割を占め、前に出て勝つ相撲が中心です。一方で上手投げが12%あり、組んでからの投げも武器にしています。2026年9月場所初日の琴勝峰戦も上手投げでの白星でした。
音羽山部屋の公式サイトは、幼いころの乗馬や水くみで足腰を鍛えられたこと、鶴竜の助言で体重を増やし立ち合いに重さが出たことを紹介しています。モンゴル時代に80kgほどだった体は、いま150.0kgになっています(協会公式)。
2026年5月場所のうっちゃり
霧島の粘りが話題になった一番に、2026年5月場所のうっちゃりがあります。土俵際まで押し込まれながら、体を反らせて相手を土俵の外へ振り出す決まり手です。
2026年5月22日の13日目、霧島は琴栄峰との2敗対決で、行司の軍配が琴栄峰に上がったあと物言いがつき、協議の末に差し違えでうっちゃりの勝ちとなりました。共同通信は琴栄峰の右腕が先に土俵に付いたと判断されたと伝え、元大関の琴風は霧島の右膝をくの字に曲げてからの捨て身のうっちゃりだったと解説しています(スポーツ報知)。霧島はこの白星で11勝目を挙げて単独首位に立ちましたが、優勝には届きませんでした。
技の仕組みと物言いの分かれ目は、うっちゃりの解説記事で詳しく解説しています。
ライバルとの対戦成績
横綱・大の里には1勝10敗と分が悪く、豊昇龍とは相撲レファレンスの記録で13勝13敗の五分です。
綱取りに向けて、上位陣との相性は避けて通れません。報道や記録で確認できた対戦成績を整理します。
※対戦成績は2026年9月場所初日時点。協会公式サイトには力士どうしの通算対戦成績の表が無いため、報道と相撲レファレンスの記録によります
第75代横綱の大の里は、霧島にとって最も分の悪い相手です。東京新聞は、2026年7月場所で11戦目にして初めて大の里から白星を挙げたと伝えています。
同じモンゴル出身の第74代横綱・豊昇龍とは、相撲レファレンスの記録で13勝13敗です。ただし霧島の13勝には不戦勝2つが含まれていて、実際に土俵で取った相撲では霧島が2つ負け越している計算になります。
2026年の上位戦では、安青錦と優勝を争う場面が続き、7月場所では13日目と千秋楽の巴戦の2度敗れています。琴櫻とは同じ大関どうしで、7月場所千秋楽の本割では霧島が寄り切りで勝ちました。
ほかの力士の顔ぶれは、現役力士一覧や、2026年5月場所で霧島を決定戦で破った若隆景の解説記事でも確認できます。
霧島についてよくある質問
本名・年齢・旧しこ名・師匠・結婚・先代との違いについて、よく調べられている6つの質問に答えます。
Q. 霧島の本名は何ですか?
A. ビャンブチュルン・ハグワスレンです(日本相撲協会公式プロフィール)。しこ名は霧島鐵力(きりしま てつお)です。なお、下の名前も変わっていて、霧馬山のころの協会の星取表では「霧馬山 鐵雄」と表記されています。古い記録を調べるときは、しこ名と下の名前の両方が違う点に注意してください。
Q. 霧島は何歳ですか?
A. 1996年(平成8年)4月24日生まれで、2026年9月時点で30歳です。協会公式の生年月日と場所の日程から数えると、初土俵の2015年5月場所は19歳、大関に昇進した2023年7月場所は27歳、大関に返り咲いた2026年3月場所の優勝は29歳のときでした。
Q. 霧島と霧馬山は同じ力士ですか?
A. 同じ力士です。2015年5月場所に霧馬山として初土俵を踏み、2023年7月場所の大関昇進にあわせて、師匠だった陸奥親方(元大関・霧島)の現役名「霧島」に改名しました。協会の星取表で過去の成績を調べるときは、2023年5月場所までは「霧馬山」、7月場所からは「霧島」の名前で載っているため、両方の名前で探す必要があります。
Q. 霧島の師匠は誰ですか?
A. 入門から2024年4月の転籍までの師匠は陸奥親方(元大関・霧島一博)です。2024年4月に陸奥部屋が閉鎖されてからは、音羽山部屋の音羽山親方(第71代横綱・鶴竜)が師匠です。陸奥親方も同じ音羽山部屋に移っており、音羽山部屋の公式サイトには、いまも年寄として陸奥親方の名前が載っています。入門時の師匠がいまも同じ部屋にいて、部屋の師匠は別の親方という形です。
Q. 霧島は結婚していますか?
A. 結婚しています。2023年11月場所で2度目の優勝を果たした際、スポーツ報知が「妻と娘とのV記念写真に感慨」との見出しで、家族と記念写真に収まった霧島の言葉を伝えました。家族の名前など、それ以上の私生活については本人が公表した範囲を超えるため、この記事では扱いません。
Q. 元大関の霧島(霧島一博)とは別人ですか?
A. 別人です。霧島一博は元大関で、引退後は陸奥親方として現役の霧島を育てた師匠にあたります。現役の霧島鐵力は、その師匠のしこ名を2023年に受け継ぎました。下の名前が「一博」なら先代、「鐵力」なら現役の大関です。うっちゃりの名手として評伝で名前が挙がる「元大関の霧島」や、両国のちゃんこ霧島は、先代の霧島一博のほうにあたります。
まとめ|霧島が綱に届くかは9月場所の15日間で決まる
霧島は、18歳で相撲を始めて大関まで上がり、一度落ちてから自力で大関に戻ってきた力士です。
霧馬山として入門し、2023年に師匠のしこ名を継いで大関になりました。2024年に陥落したあとも前頭上位から勝ち星を積み直し、2026年3月場所の優勝で、特例によらずに大関へ返り咲いています。そこから3場所続けて12勝3敗。5月は決定戦、7月は巴戦で、あと一歩のところで優勝を逃してきました。
9月場所で問われるのは、優勝と、それにふさわしい内容の両方です。先代の霧島一博が届かなかった横綱の地位に、同じしこ名を継いだ弟子が手をかけられるのか。結果は15日間の土俵が決めます。場所中の番付と顔ぶれは最新の番付表から確認できます。

