日本の国技は相撲です。ただし相撲を国技と定めた法律はなく、1909年に完成した常設館が「国技館」と名付けられたことから広まった呼び名です。政府も2011年の答弁書で「国技の認定の基準、考え方等を定めたものはない」と答えています。この記事では、相撲が国技と呼ばれる根拠、法律上の扱い、「国技館」の命名の経緯、相撲以外の競技や海外の国技までを、政府答弁書・辞書・日本相撲協会の資料をもとに整理します。
この記事でわかること
- 日本の国技は何か、辞書と日本相撲協会はどう書いているか
- 相撲が「法律上の国技」ではない理由と、2011年の政府答弁書の中身
- クイズの「相撲は日本の法令で定められた国技である」の正解
- 「国技館」の名前が決まった1909年の経緯と年表
- 柔道・剣道・野球は国技か、法律で国技を定めている海外の国
日本の国技は「相撲」──広く知られる理由
日本の国技は相撲です。辞書も日本相撲協会も相撲を国技としていますが、その根拠は法律ではなく慣習です。
「日本の国技は何ですか」と聞かれたとき、答えは相撲で間違いありません。国語辞典は日本の国技を相撲と説明し、大相撲を運営する日本相撲協会は協会の目的に「我が国固有の国技」と書き、本場所の会場は「国技館」と呼ばれています。一方で、国が法律で「相撲を国技とする」と決めたことは一度もありません。相撲は、法律ではなく言葉の使われ方と歴史によって国技と呼ばれてきた競技です。
国技とは|辞書にある意味
国技とは、その国を代表する特有の武芸・競技・技芸のことで、辞書は日本の国技を相撲と説明しています。
デジタル大辞泉は「国技」を次のように説明しています。
その国を代表する特有の武芸・競技・技芸。また、競技人口の多いスポーツをその国の国技とすることもある。日本では一般に相撲が国技とされる。
精選版日本国語大辞典も「日本の国技は相撲とされている」と書いています。同じ辞典が挙げる用例で古いものは、正岡子規が1896年に『松蘿玉液』で野球を「亜米利加合衆国の国技とも称すべき者」と書いた一文です。国技という言葉は、はじめから相撲だけを指していたわけではありません。
さらにさかのぼると、日本大百科全書によれば、江戸時代の化政期(1804〜30年)に隆盛をみた囲碁を、武士階級が国技と称したことがあります(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。
相撲が国技と呼ばれる3つの根拠
相撲が国技と呼ばれる根拠は、辞書の定義、日本相撲協会が掲げる目的、「国技館」という建物の名前の3つです。
1つ目は辞書です。上で見たとおり、大辞泉も日本国語大辞典も日本の国技を相撲と書いています。2つ目は日本相撲協会の目的で、協会は相撲道を「我が国固有の国技」と掲げています(くわしくは後の節で原文を引きます)。3つ目は建物の名前で、1909年に東京・両国に建った初の相撲常設館が「国技館」と名付けられ、この名前が相撲と国技を強く結びつけました。
相撲そのものの成り立ちやルールは相撲とは?ルール・歴史・魅力をわかりやすく解説で紹介しています。
実は法律で決まっていない?「国技」の法的根拠
相撲を国技と定めた法律や政令はありません。2011年の政府答弁書も、国技の認定基準は無いと答えています。
法律上の意味に限って言えば、「相撲は日本の国技ではない」という言い方も成り立ちます。ただし、これは相撲が国技と呼ばれることを否定する話ではありません。国技という呼び名に法律の裏付けがない、というだけのことです。相撲の研究書『相撲』(土屋喜敬)も、国技について「法律で定められたものではない」と書いています(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。
政府の答え|2011年の答弁書
2011年3月8日の政府答弁書は「政府として、国技の認定の基準、考え方等を定めたものはない」と答えています。
きっかけは大相撲の八百長問題でした。2011年2月28日、馳浩衆議院議員が「国技としての大相撲のあり方に関する質問主意書」を提出し、「今回の大相撲の八百長問題で改めて、国技としての大相撲のあり方が問われている」と政府に見解を求めました(衆議院「質問主意書 第107号」)。
これに対し、菅直人内閣総理大臣の名で3月8日に出た答弁書は、国技の意味を広辞苑から引いたうえで、次のように答えています。
「国技」とは、例えば、「その国特有の技芸。一国の代表的な競技。(出典 広辞苑)」とされていると承知している。なお、政府として、国技の認定の基準、考え方等を定めたものはない。
答弁書はさらに、日本相撲協会が相撲を国技と称するかどうかは「協会が適切に判断すべきもの」とし、文部科学省としても「特定の競技種目に対し、お尋ねのような特別の位置付けを与えることは考えていない」と答えました。国は国技を認定もしないし、取り消しもしない、というのが政府の立場です。
「相撲は日本の法令で定められた国技である」は正しい?
この文は誤りです。相撲を国技と定めた法令は無く、政府も国技の認定基準を定めていないと答弁しています。
この一文は○×で正誤を問う形の文で、当サイトのSearch Consoleの実測(2026年6月24日〜9月21日の90日)では、この文そのままの検索での表示が220回ありました。正解は「×」で、理由は上の答弁書のとおり、国技を定めた法令が存在しないからです。
ただし、問題の聞き方が「日本の国技を答えよ」であれば、答えは「相撲」です。辞書が日本の国技を相撲と説明しているためです。「法令で定められた」という条件が付くかどうかで正解が変わる点が、このクイズのひっかけどころです。
国旗・国歌は法律、国技は法律なし
国旗と国歌は1999年の法律で日章旗と君が代に定まっていますが、国技を定めた法律はありません。
「国旗・国歌・国技」を並べて覚えると、国技にも同じような公式の決まりがあるように感じます。実際には、法律の有無がはっきり分かれます。
| 項目 | 日本では | 法律の定め | 根拠 |
|---|---|---|---|
| 国旗 | 日章旗 | あり | 国旗及び国歌に関する法律(平成11年法律第127号) |
| 国歌 | 君が代 | あり | 同上 |
| 国技 | 相撲(辞書・慣習による) | なし | 2011年の政府答弁書 |
国旗及び国歌に関する法律は「国旗は、日章旗とする。」「国歌は、君が代とする。」と定めています。国技について同じ形の条文を持つ法律はありません。
協会の定款に書かれた「我が国固有の国技」
日本相撲協会は、協会の目的の中で相撲道を「我が国固有の国技」と書き、自ら国技を名乗っています。
協会が公式サイトで示す目的は次のとおりです。
太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させるために(後略)
一方で、協会の「相撲の歴史」のページは「国技といわれ日本の伝統文化である相撲。」と書き出しています(日本相撲協会「相撲の歴史」)。「国技である」と「国技といわれ」の2つの書き方が並んでいて、協会自身も国技を法律上の地位としてではなく、呼び名として扱っていることがわかります。2011年の答弁書が「協会が適切に判断すべきもの」としたのは、この協会の名乗りのことです。
国技館の命名が端緒──「国技・相撲」定着の歴史
相撲が国技と呼ばれるようになった端緒は、1909年に完成した常設館が「国技館」と名付けられたことです。
江戸時代から相撲は興行として続いていましたが、「国技」という言葉が相撲の代名詞になったのは明治の後半です。その前に、相撲は存続そのものが危ぶまれた時期を経ています。現在の本場所の会場である両国国技館の見どころは両国国技館の楽しみ方|館内グルメ・相撲博物館・当日の過ごし方ガイドで紹介しています。
明治の初めは存続の危機、1884年の天覧相撲で持ち直す
明治の初め、相撲は「蛮風」として排撃されましたが、1884年の天覧相撲をきっかけに人気を取り戻しました。
国立国会図書館の展示資料によると、相撲は明治の初頭、文明開化にそぐわない「蛮風」として排撃され、存亡の危機にありました(国立国会図書館 展示資料)。
流れを変えたのが天覧相撲です。日本相撲協会の相撲博物館によると、1884年(明治17年)3月10日、延遼館で明治天皇の天覧相撲が行われ、直前に横綱に昇進した梅ケ谷藤太郎(初代)と大達が二度の水入りの末に引き分ける大熱戦が評判となり、沈滞していた相撲人気を大いに高めました(日本相撲協会 相撲博物館)。横綱という地位の成り立ちは横綱とは?現在の横綱と歴代横綱一覧、なる条件・土俵入りの型まで解説で解説しています。
1909年、「国技館」の名前はこう決まった
1909年6月、江見水蔭が書いた開館披露文の「角力は日本の国技」という趣旨の言葉から、「国技館」の名が提案されました。
『相撲大事典』によると、1909年(明治42年)6月、東京・両国に建てられた初の相撲常設館の落成に際し、作家の江見水蔭が開館披露の挨拶文を起草しました。その文中の「角力は日本の国技にして」という文言から、東京大角力協会の年寄尾車(元大関・大戸平)が、常設館の名前を「国技館」とすることを提案しました(国立国会図書館レファレンス協同データベース)。
名前はすんなり決まったわけではありません。国立国会図書館の展示資料によると、命名は開館直前まで難航し、「尚武館」「大相撲常設館尚武館」「相撲館」などの案が出ました。委員長の板垣退助は「角觝尚武館」を提案したと言われていますが、どの案にも落ち着かず、最後は協会の年寄に一任されました。命名については諸説あり、同資料は尾車文五郎検査役が提案したとする説を有力としています。
こうして生まれた「国技館」の名前が、相撲を国技と呼ぶ習慣を広める端緒になりました。
年表で見る「国技・相撲」の歩み
国技という言葉は江戸の囲碁にも使われ、1909年の国技館の命名から相撲の呼び名として広まりました。
日本相撲協会の沿革によると、国技館の名前はその後の会場にも受け継がれ、1954年(昭和29年)9月に蔵前国技館、1985年(昭和60年)1月に両国新国技館が開館しました(日本相撲協会「協会の沿革」)。
日本の国技一覧──相撲以外の競技はどう扱われている?
日本に公式の国技一覧はありません。辞書が国技とするのは相撲で、柔道や剣道は武道9種として扱われます。
「日本の国技 一覧」を調べても、国が作った一覧は見つかりません。法律で国技を定めていないので、一覧を作る根拠そのものがないためです。代わりに種目の名前を並べた公的な定めとして、日本武道協議会の「武道の定義」があります。協議会は武道を「柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道の総称」としていて、相撲もこの9種の1つです(日本武道館「武道の定義」)。
武道9種それぞれの特徴や、蹴鞠・流鏑馬など武道以外の伝統競技は、日本の伝統的なスポーツ一覧|武道9種と蹴鞠・流鏑馬、代表の相撲も解説で一覧にしています。
柔道・剣道は日本の国技?
柔道や剣道を国技と定めた法律はなく、日本武道協議会が定める武道9種の1つという位置づけです。
柔道も剣道も日本で体系化された武道ですが、デジタル大辞泉と精選版日本国語大辞典が日本の国技として名前を挙げているのは相撲で、柔道や剣道の名前はありません。2011年の答弁書で文部科学省が「特定の競技種目に対し、お尋ねのような特別の位置付けを与えることは考えていない」と答えたとおり、国は特定の競技を国技として扱っていません。相撲・柔道・剣道はいずれも法律上の国技ではなく、日本武道協議会の定義の上で同じ武道9種に並ぶ競技です。
野球・サッカーは国技?
野球やサッカーも法律上の国技ではありません。辞書には、競技人口の多いスポーツを国技とする用法もあります。
デジタル大辞泉の「競技人口の多いスポーツをその国の国技とすることもある」という説明に当てはめれば、競技人口の多いスポーツを「国技」と呼ぶ言い方も誤りではありません。ただ、大辞泉も日本国語大辞典も、日本の国技として名前を挙げているのは相撲だけで、野球やサッカーの名前はありません。なお、正岡子規が野球を国技と書いたのは、日本ではなくアメリカの国技としてでした。
海外の国技|法律で定めている国
法律で国技を定めている国もあり、韓国のテコンドー、カナダのアイスホッケーとラクロス、フィリピンのアルニスが例です。
日本と違い、これらの国は国技を法律の名前や条文の中に書いています。下の表は、法令の原文で確かめられた国だけをまとめたものです。
| 国 | 国技 | 定めた法律 | 年 |
|---|---|---|---|
| 韓国 | テコンドー | テコンドー振興及びテコンドー公園造成等に関する法律(改正) | 2018年10月18日施行 |
| カナダ | アイスホッケー(冬)・ラクロス(夏) | National Sports of Canada Act | 1994年 |
| フィリピン | アルニス(武術) | 共和国法第9850号 | 2009年 |
韓国の法制処は、2018年の法改正を「우리 국기(國技), 태권도!(わが国技、テコンドー)」と紹介しています。カナダの法律は正式名を「An Act to recognize hockey and lacrosse as the national sports of Canada」といい、フィリピンの共和国法第9850号はアルニスを「national martial art and sport」と宣言しています。相撲のように、法律の裏付けがないまま国技と呼ばれている日本とは、仕組みが異なります。
よくある質問
日本の国技についての6つの疑問に、政府答弁書・辞書・日本相撲協会の資料をもとに短く答えます。
Q. 日本の国技は何ですか?
A. 相撲です。ただし法律の定めはありません。辞書が日本の国技を相撲と説明し、日本相撲協会が目的に「我が国固有の国技」と掲げ、会場が「国技館」と呼ばれていることが、国技と呼ばれる根拠です。
Q. 相撲が国技でなくなることはありますか?
A. 国が取り消す手続きはありません。法律で国技に指定していないので、指定を外す仕組みもないためです。2011年の答弁書は、協会が相撲を国技と称するかどうかは「協会が適切に判断すべきもの」としています。
Q. 国技館という名前はいつからありますか?
A. 1909年(明治42年)6月、両国に完成した初の相撲常設館からです。その後、1954年9月開館の蔵前国技館、1985年1月開館の両国新国技館にも「国技館」の名前が受け継がれています。
Q. 「国技」という言葉は相撲より前から使われていましたか?
A. 使われていました。日本大百科全書によると、江戸時代の化政期(1804〜30年)に武士階級が囲碁を国技と称したことがあります。明治には正岡子規が野球をアメリカの国技と書いていて、相撲と結びついたのは1909年の国技館からです。
Q. 政治家や大臣が「国技」と言えば、公式に認めたことになりますか?
A. なりません。政府は2011年の答弁書で、国技の認定の基準や考え方を定めたものはないと答えています。認定の仕組みがない以上、発言があっても法律上の地位は生まれません。
Q. 国技は英語で何と言いますか?
A. 「national sport」が近い言い方です。カナダの法律名も「national sports of Canada」を使っています。武術の場合は、フィリピンの法律のように「national martial art」と表すこともあります。
まとめ
日本の国技は相撲ですが法律の定めは無く、辞書・協会の目的・国技館の名前が支える慣習上の呼び名です。
| 問い | 答え | 根拠 |
|---|---|---|
| 日本の国技は何? | 相撲 | デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典 |
| 法律で決まっている? | 決まっていない | 2011年3月8日の政府答弁書 |
| 「法令で定められた国技」の○× | ×(誤り) | 同上 |
| 国技と呼ばれるきっかけ | 1909年の「国技館」の命名 | 相撲大事典・国立国会図書館の展示資料 |
| 日本の国技一覧 | 公式の一覧はない(武道9種は別の定め) | 日本武道協議会「武道の定義」 |
| 法律で国技を定めた国 | 韓国・カナダ・フィリピンなど | 各国の法令 |
相撲が国技と呼ばれるのは、国が決めたからではなく、明治の危機を天覧相撲で乗り越え、1909年に「国技館」の名前を得て、その呼び名が100年以上使われ続けてきたからです。法律の裏付けがないことを知ったうえで土俵を見ると、国技という言葉の重みも違って見えてきます。
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