大の里泰輝(おおのさと だいき)は、二所ノ関部屋に所属する石川県河北郡津幡町出身の第75代横綱です。本名は中村泰輝、2000年6月7日生まれの26歳。日本相撲協会の公式プロフィールが示す体格は190.0cm・188.0kgで、得意技は「突き・押し・右四つ・寄り」。令和5年五月場所に幕下十枚目格付出で初土俵を踏み、14場所目の令和7年七月場所で横綱に昇進しました。幕内優勝は5回。2026年8月31日に発表された令和8年九月場所の番付では、東横綱に置かれています。この記事では、協会公式の記録だけを根拠に、大の里のプロフィールと現在の番付、通算成績、決まり手の実データ、主なライバルとの通算対戦成績までを整理します。
この記事でわかること
- 年齢・本名・身長・体重など、協会公式に載っている基本プロフィール
- ネット上で見かける「身長192cm」と、協会公式の「190.0cm」が食い違う理由
- 令和8年九月場所の番付と、初土俵から横綱までの14場所の記録
- 幕内優勝5回の中身と、そのうち4回が東京開催という偏り
- 豊昇龍に2勝9敗、霧島に10勝1敗という、主なライバルとの通算対戦成績
大の里泰輝とは|26歳・第75代横綱の基本プロフィール
大の里泰輝は、二所ノ関部屋に所属する26歳の第75代横綱で、本名は中村泰輝です。
石川県河北郡津幡町の出身で、日本体育大学を経て令和5年五月場所に初土俵を踏みました。日本相撲協会の公式プロフィール(令和8年九月場所時点)に載っている基本情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 大の里 泰輝(おおのさと だいき) |
| 本名 | 中村 泰輝(なかむら だいき) |
| 生年月日 | 2000年(平成12年)6月7日 |
| 年齢 | 26歳(2026年9月時点) |
| 出身地 | 石川県河北郡津幡町 |
| 身長 | 190.0cm |
| 体重 | 188.0kg |
| 所属部屋 | 二所ノ関(茨城県阿見町) |
| 師匠 | 二所ノ関親方(第72代横綱・稀勢の里寛) |
| 得意技 | 突き・押し・右四つ・寄り |
| 最高位 | 横綱(第75代・令和7年七月場所〜) |
| しこ名履歴 | 大の里(改名なし) |
協会が公開している力士アンケートでは、相撲を始めた年齢は7歳、座右の銘は「信は力なり」と答えています(出典:日本相撲協会 力士プロフィール・2026年9月10日取得)。
身長は190cm|ネット上の「192cm」と食い違う理由
協会公式の身長は190.0cmです。検索結果に出る192cmは協会の値ではありません。
「大の里 身長」で検索すると、検索結果の右側に出る要約や大手の百科サイトが192cmと表示することがあります。一方、日本相撲協会の力士プロフィールに載っている値は190.0cm・188.0kgです(2026年9月10日取得)。当サイトは一次情報である協会公式の値を採用しています。
相撲の身長・体重は入門時の検査値ではなく、場所ごとの番付編成に合わせて協会が更新します。協会の値も場所ごとに書き換わるため、資料を見るときは「いつ時点の値か」を合わせて確かめるのが確実です。
本名は中村泰輝|出身は石川県津幡町、輪島以来52年ぶりの石川県出身横綱
本名は中村泰輝です。石川県出身の横綱は、大の里で史上3人目になります。
協会の歴代横綱一覧をたどると、石川県出身の横綱は第6代・阿武松緑之助(鳳珠郡能登町)、第54代・輪島大士(七尾市)、そして第75代・大の里泰輝(河北郡津幡町)の3人だけです。輪島の横綱在位は昭和48年7月からなので、大の里の昇進(令和7年七月場所)は52年ぶりの石川県出身横綱ということになります(出典:日本相撲協会 歴代横綱)。
横綱という地位そのものの仕組みや、これまでに何人が昇進しているのかは横綱とは?意味・なり方・歴代一覧で解説しています。
現在の番付は東横綱|令和8年九月場所の位置
令和8年九月場所(秋場所)の大の里の番付は、番付表の最上段にあたる東横綱です。
この番付は2026年8月31日に発表されたもので、場所の会期は2026年9月13日から9月27日まで、会場は東京・両国国技館です。西横綱には第74代横綱の豊昇龍が置かれ、大関は東から霧島・琴櫻・安青錦の3人が並びます。
横綱は原則として番付が下がらない地位なので、「今どこにいるか」よりも「東西どちらか」が入れ替わる形で推移します。大の里は令和8年一月場所から七月場所までを西横綱で過ごし、九月場所で東に戻りました。番付全体の顔ぶれは大相撲の番付表・最新版にまとめています。
初土俵から横綱まで14場所|昇進の記録
令和5年五月場所の初土俵から令和7年七月場所の横綱昇進まで、要した本場所は14場所です。
日本体育大学出身のため、初土俵は前相撲からではなく幕下十枚目格付出でした。協会公式に記録されている昇進の節目は次のとおりです。
| 節目 | 場所 | 西暦 |
|---|---|---|
| 初土俵(幕下十枚目格付出) | 令和5年五月場所 | 2023年5月 |
| 新十両 | 令和5年九月場所 | 2023年9月 |
| 新入幕 | 令和6年一月場所 | 2024年1月 |
| 新三役 | 令和6年五月場所 | 2024年5月 |
| 大関昇進 | 令和6年十一月場所 | 2024年11月 |
| 横綱昇進(第75代) | 令和7年七月場所 | 2025年7月 |
初土俵の令和5年五月場所から数えて、新十両まで3場所、新入幕まで5場所、大関まで10場所、横綱まで14場所という進み方です。幕下十枚目格付出は前相撲から始めずに済む制度なので、その分だけ番付を上がるのに要する場所数は短くなります。
通算成績と幕内優勝5回
協会公式の生涯戦歴は189勝69敗26休、幕内では155勝59敗26休です。
いずれも令和8年九月場所時点の値で、協会の表記では生涯21場所・幕内17場所とされています。幕内最高優勝は5回、三賞は殊勲賞2回・敢闘賞3回・技能賞3回の計8個です。金星(平幕の力士が横綱に勝ったときだけ付く記録)は0個です。
幕内優勝5回のうち4回は東京場所
優勝5回の内訳は東京開催が4回、大阪開催が1回で、名古屋と福岡での優勝はまだありません。
協会公式の星取表から優勝場所を並べると、次のようになります。
| 場所 | 番付 | 成績 | 開催地 |
|---|---|---|---|
| 令和6年五月場所 | 西小結 | 12勝3敗 | 東京 |
| 令和6年九月場所 | 西関脇 | 13勝2敗 | 東京 |
| 令和7年三月場所 | 東大関 | 12勝3敗 | 大阪 |
| 令和7年五月場所 | 東大関 | 14勝1敗 | 東京 |
| 令和7年九月場所 | 東横綱 | 13勝2敗 | 東京 |
5回のうち九月場所(秋場所)での優勝が2回を占めます。横綱として初めて優勝したのも令和7年九月場所で、東京・両国国技館は大の里にとって最も勝っている土俵です(協会公式の星取表から当社集計)。
三賞8個の内訳|殊勲2・敢闘3・技能3
三賞は殊勲賞2回・敢闘賞3回・技能賞3回で、平幕から関脇までの5場所に集中しています。
受賞したのは令和6年一月場所(敢闘賞)、令和6年三月場所(敢闘賞・技能賞)、令和6年五月場所(殊勲賞・技能賞)、令和6年七月場所(殊勲賞)、令和6年九月場所(敢闘賞・技能賞)です。三賞は関脇以下の力士が対象なので、大関に上がった令和6年十一月場所以降は受賞対象から外れています。
得意技は突き押しと右四つ|決まり手の実データ
協会が示す得意技は「突き・押し・右四つ・寄り」で、白星の3分の1が寄り切りです。
協会は力士プロフィールに「決まり手の傾向」を載せています。直近6場所(令和7年九月場所から令和8年七月場所まで)の64取組・43勝から算出した内訳は、寄り切り33%・押し出し16%・押し倒し14%・その他37%です。
上位3つはいずれも協会の決まり手八十二手で「基本技」に分類される技で、合わせて63%を占めます。当サイトはこの数字を、投げ技や特殊技ではなく前へ出る力で決着させる取り口の裏付けと見ています。
寄り切りと押し出しはどう違うのか
体を密着させて出せば寄り切り、筈で押して体を離したまま出せば押し出しです。
協会の決まり手八十二手は、寄り切りを「相手に体を密着させて前か横に進んで土俵の外に出して勝つこと」、押し出しを「両手又は片手を筈(親指と他の4本の指をY字に開くこと)にして、相手の脇の下や胸に当て、土俵の外に出して勝つこと」と定めています。分かれ目はまわしの有無ではなく、体が密着しているかどうかです。
大の里は右四つに組んで胸を合わせた取組が寄り切り、突き放して距離を保った取組が押し出し・押し倒しになります。当サイトの見方では、どちらの形にも入れることが相手にとって的を絞りにくい点です。
公式定義の全文と、押し出し・押し倒しとの分かれ目は寄り切りとはで解説しています。
直近6場所の成績|左肩の負傷と3場所の空白
令和8年は左肩の負傷が響き、三月場所を途中休場、五月場所を初日から全休しています。
協会公式の星取表から直近6場所を並べると、次のようになります。
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 令和8年九月場所 | 東横綱 | 2026年9月13日初日 |
| 令和8年七月場所 | 西横綱 | 9勝6敗 |
| 令和8年五月場所 | 西横綱 | 全休(0勝0敗15休) |
| 令和8年三月場所 | 西横綱 | 0勝4敗11休 |
| 令和8年一月場所 | 西横綱 | 10勝5敗 |
| 令和7年十一月場所 | 東横綱 | 11勝4敗 |
令和7年十一月場所は千秋楽の豊昇龍戦が不戦敗、令和8年三月場所は4日目から休場に入り、五月場所は初日から全休となりました。五月場所後の取材で本人は「けがを治すことに精いっぱいだった。いい方向にはいっている」と話しています(日本経済新聞・2026年5月30日)。
復帰した令和8年七月場所は9勝6敗で皆勤。初日・2日目を落として1勝3敗と苦しい出足でしたが、中盤以降に立て直して勝ち越しました。横綱が休場したときに番付や優勝争いがどう扱われるかは休場力士とは?番付への影響・公傷制度で解説しています。
主なライバルとの通算対戦成績
最も分が悪いのは豊昇龍で2勝9敗、最も勝っているのは霧島で10勝1敗です。
以下は協会公式の星取表(令和5年五月場所から令和8年七月場所まで)を当社で集計した通算対戦成績です。不戦勝・不戦敗を含みます。
| 相手 | 令和8年九月場所の番付 | 大の里から見た通算 |
|---|---|---|
| 豊昇龍 | 西横綱 | 2勝9敗 |
| 霧島 | 東大関 | 10勝1敗 |
| 琴櫻 | 西大関 | 9勝3敗 |
| 安青錦 | 東大関二枚目 | 4勝1敗 |
| 大栄翔 | 西小結 | 9勝1敗 |
| 熱海富士 | 東関脇 | 6勝3敗 |
| 義ノ富士 | 西前頭二枚目 | 0勝4敗 |
| 藤ノ川 | 西関脇 | 0勝2敗 |
豊昇龍には2勝9敗|横綱同士で唯一の負け越し
第74代横綱・豊昇龍との通算は2勝9敗で、上位陣の中で唯一大きく負け越しています。
直近では令和7年十一月場所の千秋楽が不戦敗、令和8年一月場所の千秋楽が黒星でした。令和8年三月・五月場所は大の里が、七月場所は豊昇龍が皆勤できなかったため、両者の対戦はしばらく組まれていません。豊昇龍の経歴と取り口は豊昇龍智勝とはで解説しています。
霧島・琴櫻・大栄翔には大きく勝ち越し
大関の霧島に10勝1敗、琴櫻に9勝3敗、小結の大栄翔に9勝1敗と勝ち越しています。
いずれも10番以上を取っている相手で、対戦数が少ないための偏りではありません。当サイトの見方では、前へ出る圧力が正面からぶつかる相手に対しては、体格と体重で押し切れている形です。琴櫻の相撲は琴櫻将傑とはにまとめています。
まだ勝てていない相手|義ノ富士と藤ノ川
義ノ富士に0勝4敗、藤ノ川に0勝2敗と、この2人からはまだ白星がありません。
義ノ富士は令和7年十一月場所から令和8年七月場所までの4番をすべて取っており、令和8年三月場所では休場のきっかけとなる不戦敗も含まれます。藤ノ川とは令和8年三月場所と七月場所の2番で、いずれも敗れました。対戦数が少ない相手なので相性と断じるには早いものの、令和8年九月場所は両者とも上位に在位しており、対戦が組まれる可能性があります。
大の里の休場中に令和8年一月場所と七月場所を制した安青錦については安青錦とはで解説しています。
師匠は第72代横綱・稀勢の里
師匠は茨城県阿見町の二所ノ関部屋を率いる二所ノ関親方、現役時代の第72代横綱・稀勢の里寛です。
稀勢の里は茨城県牛久市出身で、横綱在位は平成29年3月から平成31年1月まで、幕内優勝は2回でした。二所ノ関部屋は茨城県阿見町にあり、大の里は部屋の創設期から所属しています。
師匠が左四つ・寄りを主体としたのに対し、大の里の四つは右四つで、組み手は左右が逆です。共通しているのは、まわしを取ってから前へ出る正攻法で番付を上げた点で、協会公式の得意技もどちらも「寄り」を含みます。
よくある質問(FAQ)
年齢・本名・身長・得意技・優勝回数など、7項目に協会公式の記録から答えます。
Q. 大の里泰輝の年齢は何歳ですか?
A. 2026年9月時点で26歳です。生年月日は2000年(平成12年)6月7日で、協会公式の力士プロフィールにも「平成12年6月7日(26歳)」と記載されています。誕生日は場所と場所の間にあたる6月です。
Q. 大の里の本名は何ですか?
A. 本名は中村泰輝(なかむら だいき)です。四股名の「大の里」と本名の下の名前「泰輝」を組み合わせた形で名乗っており、入門から現在まで改名はしていません。協会公式のしこ名履歴も「大の里」の1つだけです。
Q. 大の里の身長と体重は?
A. 日本相撲協会の公式プロフィールでは190.0cm・188.0kgです(令和8年九月場所時点)。検索結果や一部の百科サイトには192cmと表示されるものがありますが、当サイトは一次情報である協会の値を採用しています。
Q. 大の里の得意技は何ですか?
A. 協会公式の得意技は「突き・押し・右四つ・寄り」です。直近6場所の決まり手は寄り切り33%・押し出し16%・押し倒し14%で、上位3つはいずれも決まり手八十二手の「基本技」に分類される技です。
Q. 大の里は何回優勝していますか?
A. 幕内最高優勝は5回です。令和6年五月場所・令和6年九月場所・令和7年三月場所・令和7年五月場所・令和7年九月場所の5場所で、このうち4回が東京開催、1回が大阪開催となっています。
Q. 大の里はいつ横綱に昇進しましたか?
A. 令和7年七月場所付で第75代横綱に昇進しました。初土俵は令和5年五月場所なので、14場所目での昇進です。石川県出身の横綱としては第6代・阿武松、第54代・輪島に続く3人目にあたります。
Q. 大の里の所属部屋と師匠は?
A. 茨城県阿見町の二所ノ関部屋に所属し、師匠は第72代横綱・稀勢の里の二所ノ関親方です。同じ部屋の関取には十両の白熊がいます(令和8年九月場所時点)。
参考情報
この記事の数値は、次に挙げる日本相撲協会の公式ページを2026年9月10日に取得して作成しました。
番付・体格・成績は場所ごとに更新されるため、最新の値は出典元でご確認ください。
- 日本相撲協会「力士プロフィール 大の里 泰輝」
- 日本相撲協会「番付表(令和8年九月場所)」
- 日本相撲協会「歴代横綱」
- 日本相撲協会「決まり手八十二手」
- 日本経済新聞「相撲:大の里『強い姿を見せる』名古屋場所での再起に意欲」2026年5月30日
力士1人ずつの経歴は力士名鑑にまとめています。

