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今場所の休場力士一覧|番付はどうなる?休場の理由と地位別ルール

今場所の休場力士一覧|番付はどうなる?休場の理由と地位別ルール

令和8年九月場所(秋場所)は、日本相撲協会の発表で28人が初日から休場し、幕内の休場力士は豊昇龍・若隆景・若ノ勝の3人です。

九月場所は2026年9月13日(日)に国技館で初日を迎え、9月27日(日)が千秋楽です。この記事では、今場所の休場力士の一覧を日本相撲協会公式サイトの「休場力士情報」をもとに冒頭でまとめ、そのあとで「休場すると番付はどうなるのか」「なぜ休場するのか」「過去の場所の休場者はどう調べるのか」を順に整理します。休場者は場所の途中で増えることがあるため、表には公式の更新日を付けています。

この記事でわかること

  • 令和8年九月場所(秋場所)の休場力士一覧(全段28人・幕内3人)
  • 豊昇龍・若隆景・若ノ勝が休場した背景(報道ベース)
  • 休場力士とは何か——休場・欠場・不戦敗の意味と読み方
  • 休場すると番付はどうなるのか(横綱・大関・関脇以下の違い)
  • 過去の場所の休場力士の調べ方と、かつてあった公傷制度
目次

今場所の休場力士一覧【令和8年九月場所(秋場所)】

令和8年九月場所の休場力士は全段で28人です。幕内は横綱1人・前頭2人の計3人で、十両の休場者はいません。

日本相撲協会の公式サイトには「休場力士情報」というページがあり、本場所ごとに休場者の地位・部屋・休場の開始日が掲載されます。九月場所の分は、幕内・十両が令和8年9月11日、幕下以下が9月12日に更新されました。下の表1は、その掲載をもとに段ごとの人数を数えたものです。

段休場者公式の更新日
幕内3人(横綱1・前頭2)令和8年9月11日
十両0人令和8年9月11日
幕下6人令和8年9月12日
三段目5人令和8年9月12日
序二段9人令和8年9月12日
序ノ口5人令和8年9月12日
合計28人(全員が初日から休場)―
表1:令和8年九月場所の段別の休場者数。出典:日本相撲協会「休場力士情報」 (2026年9月12日取得)

幕内の3人は、表2のとおりです。地位は令和8年8月31日に発表された九月場所の番付によります。

地位四股名部屋出身公式の記載
西横綱豊昇龍(ほうしょうりゅう)立浪部屋モンゴル初日から休場
東前頭十二枚目若隆景(わかたかかげ)荒汐部屋福島県初日から休場
東前頭十六枚目若ノ勝(わかのしょう)湊川部屋栃木県初日から休場
表2:令和8年九月場所の幕内の休場力士。出典:日本相撲協会「休場力士情報」/「番付表」

休場力士情報は、途中休場が出るたびに公式サイトで更新されます。この表は初日時点の掲載をもとにしているため、場所中に休場者が増えた場合は公式ページの表示が優先です。毎日の勝敗や翌日の取組は、大相撲の取組予定の発表時刻と星取表の見方をまとめた記事で確認の手順を整理しています。場所中のほかの話題はニュース・速報の記事一覧にまとめています。

幕内の休場力士は3人

幕内で初日から休場したのは、西横綱の豊昇龍、東前頭十二枚目の若隆景、東前頭十六枚目の若ノ勝の3人です。

九月場所の番付で横綱は東の大の里と西の豊昇龍の2人です。豊昇龍の休場により、横綱で土俵に上がるのは大の里1人になりました。

若ノ勝については、日本相撲協会が9月13日に「右外傷性膝蓋骨亜脱臼、右膝関節内側側副靱帯損傷で約4週間の加療を要する見込み」とする診断書を公表したと、中日スポーツ(2026年9月13日)が伝えています。前の七月場所(名古屋場所)では、7日目の7月18日に「右大腿骨骨挫傷で約30日間の療養を要する見込み」とする診断書を提出して途中休場したと、日刊スポーツと日本経済新聞が報じています。中日スポーツは、名古屋場所6日目の藤凌駕戦で負傷して翌日から休場していたと書いています。

豊昇龍・若隆景はなぜ休場したのか

報道では、豊昇龍は7月に受けた右膝の手術、若隆景は7月に負った左太もものけがと緊急手術が休場の背景とされています。

日本経済新聞とNHKによると、豊昇龍は名古屋場所の千秋楽翌日の7月27日に右膝内側側副靱帯の手術を受けており、九月場所で3場所連続の休場となりました。横綱に昇進してから5度目の休場で、初日から休むのは初めてと報じられています。休場に至る経緯は豊昇龍が秋場所を初日から休場した記事で、横綱としての歩みは豊昇龍智勝のプロフィール記事で詳しく扱っています。

若隆景は、日刊スポーツとNHKによると2場所連続9度目の休場です。7月1日の稽古で左太ももを痛め、大腿コンパートメント症候群と診断されて緊急手術を受けました。若隆景は五月場所(夏場所)の優勝力士で、その直後の2場所を続けて休むことになります。人物像と復帰への道のりは若隆景のプロフィール記事にまとめています。

2人の休場は、日刊スポーツによると9月11日の取組編成会議で初日・2日目の取組に名前が入らなかったことで確定しました。

十両以下の休場者は25人(十両は0人)

十両の休場者はおらず、幕下6人・三段目5人・序二段9人・序ノ口5人の計25人が初日から休場しています。

幕下以下の休場者は、公式の休場力士情報に地位と部屋名が載っています。最上位は東幕下二枚目(鳴戸部屋)の力士で、十両昇進を争う位置からの休場です。人数が多いのは序二段の9人で、所属部屋は境川部屋・伊勢ヶ濱部屋・九重部屋などに分かれています。幕下以下の四股名は公式ページで画像として掲載されているため、正確な表記は公式ページで確認してください。

休場力士とは?意味と読み方

休場力士(きゅうじょうりきし)とは、けがや病気などで本場所の取組に出場しない力士のことで、「欠場」と同じ意味で使われます。

本場所は15日間にわたって行われ、関取(十両以上)は原則として毎日1番の取組に臨みます。その途中で出場できなくなることを「休場」と呼びます。初日から出ない「初日から休場(全休)」もあれば、場所の途中でけがをして残りを休む「途中休場」もあります。今場所の28人は、全員が初日からの休場です。

休場と混同されやすいのが「不戦敗」です。休場は「力士が本場所を欠場すること」という状態を指し、不戦敗は「取組を行わずに記録される1敗」という結果を指します。取組が決まったあとに力士が休場すると、その日は本人に不戦敗の1敗、対戦相手に不戦勝の1勝がつきます。休場が原因で不戦敗という結果が生まれる、という関係です。取組が組まれる前に休場が決まった日は不戦敗にはならず、日本相撲協会の星取表では「や(休み・取組なし)」と記録されます(出典:日本相撲協会「星取表」)。

休場が表に出るのは、取組編成会議で翌日以降の取組が組まれるときです。初日・2日目の取組は場所前の編成会議で決まるため、そこに名前が入らなければ初日からの休場となります。今場所の豊昇龍と若隆景も、この会議の段階で休場が確定したと報じられています。

休場すると番付はどうなる?地位別のルール

休場した日は勝ち星にならず、関脇以下は勝ち越せなければ番付が下がります。横綱は番付が下がらず、大関はカド番という扱いになります。

日本相撲協会の星取表は、取組が組まれたあとに休んだ日を「■(不戦敗)」、取組が組まれていない休みの日を「や(休み・取組なし)」として、負け「●」と区別して記録しています(出典:日本相撲協会「星取表」)。どちらの日も勝ち星にはならないため、全休した力士は1勝もできないまま場所を終えます。番付は各場所の成績をもとに編成されるので、勝ち越せなかった場所のあとは番付が下がり、けがによる休場であってもこの扱いは基本的に変わりません。

図解:休場が番付に及ぶ流れ

けが・病気で休場→休んだ日は勝ち星にならない(不戦敗・休み)→勝ち越せない(7勝以下)→次の番付が下がる

※横綱・大関は地位に応じた扱いがあり、この流れとは異なります。

地位ごとの違いを表3にまとめます。

地位休場・負け越しのときの扱い今場所の休場者
横綱負け越しても番付は下がらない。休場が続き地位にふさわしい成績を残せなければ、進退が問われる豊昇龍
大関1場所の負け越しでは陥落せず「カド番」になる。カド番の場所でも勝ち越せない(休場を含む)と関脇へ陥落。陥落直後の場所で10勝以上なら大関に復帰なし
関脇以下勝ち越せないと原則として番付が下がる。休んだ日は勝ち星にならないため、休場が続けば番付が下がる若隆景・若ノ勝ほか25人
表3:地位別の休場の扱い。横綱・大関の扱いはウィキペディア「角番」などの解説による(協会公式サイトに規定の掲載なし)。今場所の休場者は日本相撲協会「休場力士情報」 による

番付がどう決まるかをより詳しく知りたい方は、大相撲の番付予想のやり方を解説した記事もあわせてご覧ください。勝ち越し・負け越しが番付にどう反映されるかがつかめます。

横綱・大関が番付を下げない理由

横綱には降格の仕組みがなく、大関には1場所の負け越しでは陥落しない「カド番」の仕組みがあるためです。

横綱は、番付がそれ以上下がることのない唯一の地位です。休場を重ねても大関や関脇へ落ちることはありませんが、代わりに「その地位にふさわしい力量」が問われ続けます。力量を欠くと判断されれば、下がるのではなく引退という重い選択に向かうのが横綱の立場です。日本相撲協会の番付表でも、3場所続けて休場した豊昇龍は九月場所で西横綱のままです(出典:日本相撲協会「番付表」)。

実例として、第75代横綱の大の里は令和8年三月場所を途中休場、五月場所を全休したうえで七月場所に復帰し、番付は横綱のまま推移しました。休場をはさんだ番付と成績の動きは大の里泰輝とは?26歳・第75代横綱の本名・身長と得意技で詳しく整理しています。

大関には「カド番」という仕組みがあります。ウィキペディア「角番」などの解説によると、大関が1場所負け越すと、次の場所は「負け越せば関脇に陥落する」という条件付きの場所になり、これをカド番と呼びます。カド番の場所で再び勝ち越せない(休場による場合を含む)と、関脇への陥落が決まります。ただし陥落した直後の1場所で10勝以上を挙げれば、大関に復帰できます。休場が大関の地位を左右した実例は、安青錦の大関陥落と特例復帰の経緯を伝える記事が参考になります。大関在位30場所のうちカド番を9度経験し、2度陥落した例は、元大関・貴景勝のカド番の場所一覧で場所ごとに整理しています。

関脇以下は休んだぶん負け越し扱いになる

関脇以下は休んだ日が勝ち星にならないため、全休すれば勝ち越せないまま場所を終え、次の番付が下がります。

関取は15日間で8勝以上なら勝ち越し、7勝以下なら負け越しです。休んだ日は勝ち星にならないので、途中休場なら、休むまでの白星が8つに届いていなければ勝ち越せません。関脇以下にはカド番のような猶予がないため、休場はそのまま番付に響きます。

今場所の若隆景がその例です。若隆景は七月場所(名古屋場所)を東関脇で全休し、九月場所の番付は東前頭十二枚目まで下がりました。九月場所も休場が続けば、さらに番付を下げることになります。日刊スポーツは2026年9月10日、九月場所を全休した場合は十一月場所(九州場所)で十両への転落が確実だと報じています。十両から幕下へ落ちると関取ではなくなり、待遇も大きく変わります。 逆に、十両で途中休場したあと三役まで戻った例もあります。2023年1月場所を東十両三枚目で3勝8敗4休とした熱海富士は、2026年三月場所で新三役に上がり、九月場所は関脇で大関取りに挑んでいます。関脇で全休して平幕へ下がった例では、2025年7月場所を右ふくらはぎのけがで全休した大栄翔が、2026年9月場所に西小結として7場所ぶりに三役へ戻っています。

力士が休場する主な理由

力士が休場する理由には、けが、病気や体調不良、処分による出場停止などがあり、今場所の幕内3人はいずれもけがが報じられています。

相撲は自分より重い相手と真正面からぶつかり合う競技で、ひざ・足首・肩・首などに大きな負担がかかります。日本相撲協会の休場力士情報に理由までは書かれないため、理由は師匠の説明や報道で伝わります。主な休場理由は次のように整理できます。

  • けが(負傷):取組や稽古での受傷、慢性的な故障の悪化
  • 病気・体調不良:発熱・内臓疾患・感染症など
  • 処分:不祥事に関する出場停止などによる欠場
  • その他:親族の不幸など

けがによる休場

今場所の幕内3人の例では、手術を受けたひざや太もものけが、骨挫傷が休場の背景として報じられています。

今場所の幕内の休場者3人は、いずれも直近にけがが報じられています。豊昇龍は右膝、若隆景は左太もも、若ノ勝は名古屋場所での右大腿骨骨挫傷です(いずれも報道による。若ノ勝は九月場所前に右膝蓋骨亜脱臼などの診断書も公表)。若ノ勝は名古屋場所では、医師の診断書を日本相撲協会に提出して途中休場したと報じられています。

けがで休場を重ねたあとに番付を戻した例もあります。伯乃富士(旧四股名・伯桜鵬)は新入幕直後に左肩のけがで2場所続けて全休して幕下まで下がり、のちに再入幕して2026年九月場所で新小結になりました。この間の番付の動きは伯乃富士とは?本名・身長・学歴と改名理由で整理しています。

病気・体調不良・その他の休場

けが以外では、発熱や内臓疾患などの病気、不祥事による出場停止、親族の不幸などで休場することもあります。

病気による休場は、入院や手術を伴うものから短期間の発熱までさまざまで、回復すれば場所の途中から再出場することもあります。処分による休場は、けがや病気とは違って力士の意思で選べるものではありません。

病気による全休の例では、2026年3月場所に東前頭十五枚目の翠富士が「心不全で加療1カ月程度」と発表されて初日から休場し、途中出場しなかったため翌5月場所は十両に下がりました(日刊スポーツ(2026年3月6日))。

過去の場所の休場力士を調べる方法

公式の休場力士情報は直近の場所の分に切り替わるため、名古屋場所や夏場所など過去の場所の休場者は、当時の報道や記事で確かめます。

日本相撲協会の休場力士情報は、新しい本場所が始まると内容がその場所のものに入れ替わります。「名古屋場所の休場力士」「夏場所の休場力士」を後から調べたいときは、次の順で探すと見つけやすくなります。

  • 場所名と「休場」で報道を検索する:今場所の豊昇龍・若隆景の休場も、日本経済新聞・NHK・日刊スポーツが確定の前後に報じています
  • 力士名で当サイトの記事を見る:休場した力士のプロフィール記事に、休場の経緯を追記しています
  • 場所の日程から時期を絞る:下の表4で、各場所の初日と千秋楽を確認できます

参考までに、当サイトで記録した直近の場所の休場者を挙げます。令和8年七月場所(名古屋場所)では、九日目の時点で東関脇の若隆景が初日から、西十両五枚目の欧勝海が五日目から、西十両十三枚目の白鷹山が初日から休場していました。令和8年五月場所(夏場所)については、夏場所2日目から休場した豊昇龍の記事と夏場所を休場した安青錦の記事で経緯をまとめています。

場所会場番付発表初日千秋楽
一月場所(初場所)国技館2025年12月22日1月11日1月25日
三月場所(春場所)エディオンアリーナ大阪2月24日3月8日3月22日
五月場所(夏場所)国技館4月27日5月10日5月24日
七月場所(名古屋場所)IGアリーナ6月29日7月12日7月26日
九月場所(秋場所)国技館8月31日9月13日9月27日
十一月場所(九州場所)福岡国際センター10月26日11月8日11月22日
表4:令和8年(2026年)の本場所日程。出典:日本相撲協会「年間日程表」 (2026年9月12日取得)

次の十一月場所は、10月26日の番付発表のあと、初日前の取組編成会議で休場者が見えてきます。この記事の一覧も、十一月場所の休場力士情報が出た時点で差し替えます。

かつてあった「公傷制度」とは

公傷制度とは、本場所の取組で負ったけがで休場しても翌場所の番付を据え置いた救済制度で、現在は廃止されています。

現在はけがで休場しても番付は守られませんが、かつては負傷した力士を救済する仕組みがありました。百科事典サイトのウィキペディア「公傷制度」などの解説によると、本場所の土俵上で負ったけがと認められれば、その次の場所を休んでも番付を下げずに据え置く制度で、1972年1月場所から設けられていました。

同じ解説によると、けがを理由とする休場が増えて制度の運用が問題視されるようになり、2003年9月場所の後に廃止が決まって、2003年11月場所を最後に適用されなくなりました。日本相撲協会の公式サイトには、この制度の説明ページは現在見当たりません(2026年9月12日に確認)。そのためこの節の年代と経緯は、協会の公式発表ではなく二次資料による記述です。出典:ウィキペディア「公傷制度」

制度が無くなったいま、けがによる休場はそのまま番付に響きます。ここでは事実として、現在は負傷による休場を番付の上で救済する制度が存在しないことを押さえておきます。

休場力士に関するよくある質問

休場力士について、本文で扱いきれなかった疑問に1問ずつ答えます。

Q. 場所の途中で休場力士が増えたら、どこで分かりますか?

A. 日本相撲協会の「休場力士情報」 が更新されます。令和8年九月場所(秋場所)の分は、幕内・十両が9月11日、幕下以下が9月12日に更新され、初日の時点で28人が載っています。途中休場が出た日は、この更新日が新しくなります。

Q. 休場した力士の対戦相手の成績はどうなりますか?

A. 取組が組まれたあとに休場した場合、相手には不戦勝の白星がつき、日本相撲協会の星取表では「□(不戦勝)」と記録されます(日本相撲協会「星取表」)。取組が組まれる前に休場が決まれば、その力士は取組表に入りません。

Q. 星取表の「や」と「■」は何が違いますか?

A. 日本相撲協会の星取表では、「■」は不戦敗、「や」は休み・取組なしを表します(日本相撲協会「星取表」)。初日から休場した力士の欄には、取組が組まれていないので「や」が並びます。どちらも勝ち星にはなりません。

Q. 休場するには診断書が必要ですか?

A. 報道では、けがや病気で休場する力士が医師の診断書を日本相撲協会に提出したと伝えられます。名古屋場所の若ノ勝も、右大腿骨骨挫傷で約30日間の療養を要する見込みとする診断書を提出して途中休場したと、日刊スポーツと日本経済新聞が報じています。

Q. 途中休場した力士は同じ場所に再出場できますか?

A. 状態が回復すれば、途中休場した力士が同じ場所の後半に再出場することがあります。重いけがの場合は、再出場しないまま千秋楽を迎えることもあります。

Q. 休場中の力士に給料は支払われますか?

A. 十両以上の関取には番付に応じた月給が支給され、休場したからといってその月の月給がなくなるわけではありません。ただし休場が続いて番付が下がれば、次の番付に応じて月給も変わり、幕下以下に落ちると月給はなくなります。

Q. 休場した力士の懸賞金はどうなりますか?

A. 懸賞金は取組に勝った力士が受け取るものなので、休場して土俵に上がらない力士が受け取ることはありません。

Q. 公傷制度はなぜ廃止されたのですか?

A. ウィキペディア「公傷制度」などの解説によると、けがを理由とする休場が増えて運用が問題視され、2003年には大関武双山の公傷申請が認められなかったことなどを経て、2003年11月場所を最後に廃止されました。協会の公式サイトに制度の説明ページは見当たりません。

まとめ

休場力士とは、けがや病気で本場所を欠場する力士のことで、令和8年九月場所は28人、幕内は3人が初日から休場しています。

大相撲の今場所の休場力士は、西横綱の豊昇龍、東前頭十二枚目の若隆景、東前頭十六枚目の若ノ勝の3人と、十両以下の25人です。休んだ日は勝ち星にならず(星取表では不戦敗か休み)、関脇以下は勝ち越せなければ番付が下がります。横綱は番付こそ守られるものの進退という重い基準が課され、大関はカド番・陥落・特例復帰という独自の仕組みの中に置かれます。かつての公傷制度は廃止され、今はけがでも番付が守られません。名古屋場所や夏場所など過去の場所の休場力士は、公式ページが入れ替わるため報道と力士ごとの記事で確かめるのが確実です。

場所中の勝敗は取組予定の発表時刻と星取表の見方の記事、休場者が多い場所の優勝争いは、2横綱2大関が休場した2026年夏場所の千秋楽の取組表と優勝決定戦のルールを解説した記事でたどれます。取組の見方を広げたい方は大相撲の動画の視聴方法をまとめたガイドもご覧ください。

土俵に上がれない力士の休場には、けがの無念と、番付という秩序の厳しさが同居しています。休場は、再び土俵に戻るための時間でもあります。欠場の一語の背後にある力士の歩みにも、目を向けてみてください。

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