若元春港は、荒汐部屋に所属する福島県福島市出身の幕内力士です。最高位は関脇で、日本相撲協会の公式プロフィールが示す得意技は「左四つ・寄り」。2026年8月31日に発表された令和八年九月場所の番付では、東前頭十一枚目に置かれました。この記事では、協会公式の記録をもとに、若元春のプロフィールと現在の番付、直近6場所の白星39のうち15を占める寄り切りという取り口、そして「大波三兄弟」と呼ばれる兄弟力士との関係を整理します。
📖 この記事でわかること
- 若元春の読み方・本名・体格などの基本プロフィール
- 令和八年九月場所の番付と、直近10場所の成績の推移
- 直近6場所の白星39のうち15が寄り切りという、左四つ一本の取り口
- 初土俵から新関脇までの14年と、「剛士」からの改名という節目
- 「大波三兄弟」の3人が、それぞれ今どこにいるのか
若元春とは?荒汐部屋の関脇経験者を1分で
若元春は、荒汐部屋に所属する福島県福島市出身の幕内力士で、最高位は関脇です。
左を差して前へ運ぶ四つ相撲を持ち味とし、令和五年五月場所から令和七年一月場所までの間に、通算7場所を関脇として過ごしました。
日本相撲協会の公式プロフィール(令和八年九月場所時点)に基づく基本情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 若元春 港(わかもとはる みなと) |
| 本名 | 大波 港 |
| しこ名履歴 | 荒大波 → 剛士 → 若元春 |
| 生年月日 | 平成5年10月5日(32歳) |
| 出身地 | 福島県福島市 |
| 体格 | 187.0cm・143.0kg |
| 所属部屋 | 荒汐部屋 |
| 得意技 | 左四つ・寄り |
| 初土俵 | 平成23年11月場所 |
| 新十両 | 平成31年3月場所 |
| 新入幕 | 令和4年1月場所 |
| 新三役 | 令和5年1月場所 |
| 最高位 | 関脇 |
四股名の頭に付く「若」の字は、小結まで進んだ祖父・若葉山と、幕下で土俵に上がった父・若信夫から受け継いだものと伝えられます。三兄弟の四股名が毛利元就の三子である毛利隆元・吉川元春・小早川隆景に由来するという話も、ファンの間で広く語られてきました。ただしこれらは協会公式が公表しているものではないため、本記事では言い伝えとして扱います。同じ土俵に上がる現役の顔ぶれは、現役力士一覧【2026年最新】関取70人の四股名・読み方・部屋まとめで確認できます。
若元春の読み方と本名|「わかもとはる みなと」
四股名は「わかもとはる みなと」と読み、本名は大波港(おおなみ みなと)です。
「若元春」の三文字だけを見て「わかげんしゅん」と読まれることがありますが、協会公式の力士プロフィールの表記は「わかもとはる」です。下の名前の「港」は、本名をそのまま四股名に使っています。
Q. 若元春の読み方と本名は?
A. 「わかもとはる みなと」と読みます。本名は大波港(おおなみ みなと)です。日本相撲協会の公式プロフィールでは、しこ名履歴が「荒大波 → 剛士 → 若元春」と記載されています。
若元春の現在|令和八年九月場所は東前頭十一枚目
若元春の現在の番付は、2026年8月31日に発表された令和八年九月場所の東前頭十一枚目です。
九月場所は9月13日が初日、9月27日が千秋楽で、会場は東京・両国国技館です。前頭十一枚目は、幕内のなかで中位にあたる地位です。
直近10場所の番付と成績は次のとおりです。
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 令和8年9月場所 | 東前頭十一枚目 | 9月13日初日 |
| 令和8年7月場所 | 東前頭八枚目 | 6勝9敗 |
| 令和8年5月場所 | 東前頭五枚目 | 5勝10敗 |
| 令和8年3月場所 | 東小結 | 3勝12敗 |
| 令和8年1月場所 | 西小結 | 8勝7敗 |
| 令和7年11月場所 | 西前頭二枚目 | 8勝7敗 |
| 令和7年9月場所 | 西前頭四枚目 | 9勝6敗 |
| 令和7年7月場所 | 西前頭筆頭 | 6勝9敗 |
| 令和7年5月場所 | 東前頭筆頭 | 7勝8敗 |
| 令和7年3月場所 | 西前頭筆頭 | 9勝6敗 |
※出典:日本相撲協会公式サイトの力士プロフィール・番付データ(令和八年九月場所時点)。
番付の呼び方や、小結・前頭といった地位の上下関係が分かりにくいときは、番付とは?相撲の階級・仕組み・見方をあわせてご覧ください。
令和八年の番付推移|小結から前頭十一枚目へ
令和八年に入ってからは、一月場所の8勝7敗を最後に、三月・五月・七月と3場所続けて負け越しています。
三月場所は東小結で3勝12敗、五月場所は東前頭五枚目で5勝10敗、七月場所は東前頭八枚目で6勝9敗でした。この結果、九月場所の番付は東前頭十一枚目となっています。休場は挟んでおらず、この3場所はいずれも15日間を取り切りました。
負け越しが続いた理由について、日本相撲協会からの公式発表はありません。番付は各場所の成績によって上下するもので、本記事では公式記録の範囲に留めます。休場と番付の関係については、休場力士とは?番付への影響・公傷制度で解説しています。
若元春の今日の取組と星取を確認する方法
日本相撲協会公式サイトの「取組結果」と「星取表」のページで、その日のうちに確認できます。
前頭十一枚目は幕内の中盤にあたるため、テレビ中継では取組の順番も中盤になります。番付発表後の顔ぶれ全体は大相撲の番付表・最新版で確認できます。
Q. 若元春は今どの番付にいますか?
A. 令和八年九月場所の番付は東前頭十一枚目です。2026年8月31日に発表されました。同場所は9月13日に初日を迎え、9月27日の千秋楽まで東京・両国国技館で行われます。
若元春の得意技|直近6場所の白星39のうち15が寄り切り
日本相撲協会の公式プロフィールが示す若元春の得意技は「左四つ・寄り」で、まわしを取って前へ運ぶ相撲です。
協会が公表している直近6場所の集計では、90番の取組で挙げた39勝のうち、寄り切りが15番を占めています。押し出し5番、突き落とし4番が続き、残りはその他です。
| 決まり手 | 白星の数 | 割合 |
|---|---|---|
| 寄り切り | 15番 | 38% |
| 押し出し | 5番 | 13% |
| 突き落とし | 4番 | 10% |
| その他 | 15番 | 39% |
▍若元春の白星39番の内訳(協会公式・直近6場所)
寄り切りは、まわしを取って相手を土俵の外まで運ぶ決まり手です。技の中身は寄り切りとは?押し出しとの違いとまわしを取らずに決まる条件で詳しく解説しています。
左四つとは|左を差して前へ運ぶ組み手
左四つとは、互いに左手を相手の脇の下へ差し入れ、右手で相手のまわしを上から取る組み方のことです。
若元春はこの左四つを自分の型としています。日本相撲協会の力士アンケートで「相撲界で自分がNo.1だと思うこと」を問われ、「左四つ」と答えているのは、本人の自負がうかがえる回答です。左を差すという動作そのものは一瞬ですが、そこへ入るまでの立ち合い、差し手の争い、体を密着させてからの寄り足まで、一連の手順を通してはじめて形になります。得意技の欄に並ぶ「左四つ・寄り」という6文字は、その手順の総称と言えます。
土俵際で出る突き落としと、ファンが語るうっちゃり
突き落としは、直近6場所の白星のうち4番を占める、若元春の三番目に多い決まり手です。
相手の体を横から突いて崩す技で、前へ出る相撲と組み合わせると、押し込まれた場面での逃げ道になります。またファンの間では、土俵際で体を反らして相手を投げる「うっちゃり」を見せる力士としても語られてきました。ただし協会公式の得意技欄に記載されているのは「左四つ・寄り」の二つであり、うっちゃりは含まれていません。本記事でも公式の記載に沿って扱います。
Q. 若元春の得意技は何ですか?
A. 日本相撲協会の公式プロフィールでは「左四つ・寄り」とされています。直近6場所の白星39のうち15が寄り切りで、押し出し5番、突き落とし4番が続きます。
若元春の歩み|初土俵から関脇までの14年
平成23年11月場所で初土俵を踏み、令和五年五月場所で新関脇に上がるまで、およそ11年半を要しました。
幕下で6年近くを過ごしたのち、平成31年3月場所で新十両、令和4年1月場所で新入幕、令和5年1月場所で新三役と、階段を一段ずつ上がっています。
▍若元春の昇進の歩み(協会公式)
「剛士」から「若元春」へ|平成29年の改名
四股名を「剛士」から「若元春」に改めたのは、平成29年5月場所のことだとされます。
協会公式のしこ名履歴は「荒大波 → 剛士 → 若元春」の三段階です。公式サイトに掲載されている過去の星取表も、平成二十九年五月場所(西幕下九枚目)から「若元春」名義で始まっています。相撲界では、部屋や一門に伝わる字を継ぐことで系譜を示す慣わしが長く続いてきました。大波家の場合は、その「若」の字を家の側から受け継いだかたちになります。
平成31年の新十両と令和4年の新入幕
平成31年1月場所に西幕下三枚目で7戦全勝を挙げ、翌3月場所で新十両に昇進しました。
十両では最初の場所を5勝10敗と苦しみ、いったん幕下へ落ちています。再び十両へ戻ったのは令和2年3月場所でした。令和3年11月場所に西十両筆頭で11勝4敗を挙げ、令和4年1月場所で新入幕。その入幕から3場所は、いずれも9勝6敗という同じ星で勝ち越しています。
令和5年の新三役・新関脇
令和5年1月場所に西小結で新三役へ上がり、その場所を9勝6敗と勝ち越しています。
続く3月場所は東小結で11勝4敗。この成績を受けて、令和五年五月場所で西関脇に上がりました。関脇では同年5月場所の10勝5敗をはじめ、7月・9月と9勝6敗で勝ち越しを重ねています。三役の座に留まるには毎場所8勝が必要とされ、若元春は令和五年のあいだ、その関門を越え続けました。
Q. 若元春の最高位はどこまでですか?
A. 関脇です。令和五年五月場所で新関脇に上がり、令和七年一月場所までの間に通算7場所を関脇として過ごしました。大関に昇進した場所はありません。
若元春の成績・記録|通算戦歴と三賞・金星
日本相撲協会の公式記録によると、生涯戦歴は496勝405敗28休(89場所)です。
このうち幕内での成績は224勝193敗3休(29場所)。三賞は殊勲賞1回と技能賞1回、金星は3個です。幕内最高優勝はまだありません。
| 項目 | 記録 |
|---|---|
| 生涯戦歴 | 496勝405敗28休(89場所) |
| 幕内戦歴 | 224勝193敗3休(29場所) |
| 幕内最高優勝 | 0回 |
| 幕下優勝 | 2回 |
| 序ノ口優勝 | 1回 |
| 三賞 | 殊勲賞1回・敢闘賞0回・技能賞1回 |
| 金星 | 3個 |
| 関脇在位 | 7場所(令和5年5月〜令和7年1月) |
※出典:日本相撲協会公式サイトの力士プロフィール(令和八年九月場所時点)。関脇在位は同サイトの過去の星取表を数えたもの。
金星は、平幕の力士が横綱に勝ったときにだけ付く星です。若元春の3個のうち1個は、令和六年一月場所に東前頭筆頭で横綱・照ノ富士を破ったものとされます。同場所は10勝5敗で勝ち越しました。幕内での自己最多は11勝4敗で、令和五年三月場所と令和六年九月場所の2度記録しています。
大波三兄弟とは|兄・若隆元と弟・若隆景
大波三兄弟とは、福島県福島市出身で荒汐部屋に所属した大波家の三兄弟、若隆元・若元春・若隆景を指します。
若元春は次男にあたります。3人がそれぞれ現在どこにいるかは、次のとおりです。
| 続柄 | 四股名 | 最高位 | 現在 |
|---|---|---|---|
| 長男 | 若隆元 渡 | 幕下7枚目 | 2026年5月に引退し、若者頭 |
| 次男 | 若元春 港 | 関脇 | 東前頭十一枚目(令和八年九月場所) |
| 三男 | 若隆景 渥 | 関脇 | 東前頭十二枚目(同場所) |
※番付と最高位は日本相撲協会公式サイトによる。若隆元の最高位と引退の経緯は福島民友新聞・福島民報の報道による。
兄・若隆元|2026年5月の引退と若者頭への転身
長男の若隆元渡は、2026年5月27日に日本相撲協会から現役引退が発表されました。
最高位は幕下7枚目で、2026年3月場所で左膝の前十字靭帯を断裂し、手術を受けたと報じられています。引退後は若者頭として日本相撲協会に残り、力士を支える立場になりました(福島民友新聞・福島民報)。3人が同時に関取となる「三兄弟関取」には届きませんでしたが、三人が同じ部屋の土俵で稽古を重ねた時期は確かにありました。
弟・若隆景|同じ荒汐部屋で番付が隣り合う
三男の若隆景渥は、令和八年九月場所の番付で東前頭十二枚目に置かれています。
若元春の東前頭十一枚目のすぐ下で、兄弟が番付の上で隣り合うかたちになりました。ただし若隆景は左脚のコンパートメント症候群で手術を受けており、九月場所も全休の見通しと報じられています(日本経済新聞・共同通信)。若隆景の経歴・得意技・優勝までの歩みは、若隆景とは?荒汐部屋の技巧派関脇|おっつけと2度の優勝・復帰への現在地にまとめています。
Q. 大波三兄弟とはどの3人ですか?
A. 福島県福島市出身で荒汐部屋の若隆元・若元春・若隆景の3人です。若元春は次男にあたります。長男の若隆元は2026年5月に引退し、現在は若者頭を務めています。
若元春に関するよくある質問
Q. 若元春と若隆景はどちらが兄ですか?
A. 若元春が兄です。若元春は平成5年10月生まれの32歳、若隆景は平成6年12月生まれの31歳で、大波三兄弟のうち若元春が次男、若隆景が三男にあたります。
Q. 若元春は大関になったことがありますか?
A. ありません。最高位は関脇です。令和五年五月場所から令和七年一月場所までの間に通算7場所を関脇として過ごしましたが、大関に昇進した場所はありません。
Q. 若元春の身長と体重は?
A. 日本相撲協会の公式プロフィール(令和八年九月場所時点)では187.0cm・143.0kgです。四つ相撲を取る幕内力士のなかでは、上背のあるほうにあたります。
Q. 若元春の所属部屋と師匠は誰ですか?
A. 荒汐部屋に所属しています。師匠は元前頭・蒼国来の荒汐親方で、部屋公式サイトによると2020年に部屋を継承しました。部屋は東京都中央区日本橋浜町にあります。
まとめ|若元春が積み上げてきた左四つ
若元春は荒汐部屋の福島県福島市出身の幕内力士で、最高位は関脇、令和八年九月場所の番付は東前頭十一枚目です。
この記事で確認した内容を振り返ります。
- 協会公式の得意技は「左四つ・寄り」。直近6場所の白星39のうち15が寄り切り
- 平成23年11月の初土俵から、令和五年五月場所の新関脇まで11年半。関脇在位は通算7場所
- 通算成績は496勝405敗28休、三賞は殊勲賞1回・技能賞1回、金星3個
- 「大波三兄弟」の次男。長男の若隆元は2026年5月に引退し若者頭、三男の若隆景は同じ九月場所で東前頭十二枚目
番付や地位の仕組みからおさらいしたい方は番付とは?相撲の階級・仕組み・見方を、いま土俵に上がっている力士の顔ぶれを知りたい方は現役力士一覧【2026年最新】をご覧ください。得意の寄り切りという技そのものについては寄り切りとは?押し出しとの違いで解説しています。
日本相撲協会の力士アンケートで、若元春は座右の銘に「泰然自若」を挙げています。落ち着きはらって物事に動じない、という意味の言葉です。番付は毎場所上下し、いまは三役から少し離れた位置にあります。それでも、公式の得意技欄に並ぶ「左四つ・寄り」の6文字は、十数年をかけて一つの型を選び取ってきた記録でもあります。九月場所の土俵で、その型がどう出るかを静かに見守りたいところです。

