寄り切りとは、相手に体を密着させたまま前か横に進み、相手を立った状態のまま土俵の外へ出す大相撲の技です。日本相撲協会が定める決まり手八十二手の「基本技」に分類され、番号は五番。まわしを引いて組む四つ身が本筋ですが、判定の要件はまわしではなく体の密着にあります。差し手が入って胸が合っていれば、まわしに手が掛かっていなくても寄り切りです。この記事では、押し出しとの分かれ目、動作の三段階、決まり手データにおける位置づけ、そして寄り身の名手たちを、日本相撲協会の公式資料をもとに解説します。
📖 この記事でわかること
- 寄り切りの公式定義と、決まり手八十二手のなかでの位置づけ
- 押し出しとの分かれ目は「まわしの有無」ではなく「体が付いているかどうか」
- まわしを取っていなくても寄り切りになるのはどんなときか
- 寄り切りと押し出しが決まり手の一位と二位を分け合い続けている理由
- 王道の四つ身と、小兵の食い下がり──寄り身の名手たち
寄り切りとは──日本相撲協会が定める基本技のひとつ
寄り切りとは、日本相撲協会が定める決まり手八十二手の「基本技」に分類される技で、相手に体を密着させたまま前か横に進み、相手を立った状態のまま土俵の外へ出して勝つことをいいます。まわしを掴むことは条件ではなく、体が付いているかどうかで押し出しと分かれます。
日本相撲協会の公式サイトは、寄り切りを次のように定めています。
相手に体を密着させて前か横に進んで土俵の外に出して勝つことを言います。
──日本相撲協会「決まり手八十二手」寄り切り(基本技・五番)
決まり手は全部で八十二手あり、これに勝負の結果を表す「非技」五つが加わります。八十二手のうち最初に置かれているのが「基本技」の七手で、突き出し・突き倒し・押し出し・押し倒し・寄り切り・寄り倒し・浴びせ倒しがこれにあたります。寄り切りはその五番目にあたり、相撲の土台をなす技のひとつとして扱われています。
実際の取組では、まわしを引いて四つに組み、相手を引きつけながら前に出るのが寄り切りの本筋です。「四つ相撲の正攻法」と呼ばれるのはこのためで、体格・足腰・稽古の蓄積がそのまま結果に出やすい技でもあります。ただし後述するとおり、まわしを引くことは判定の必須条件ではありません。
Q. 寄り切りの「寄り」とは何を指しますか?
A. 相手に体を密着させたまま、すり足で前や横へ進んでいく動きを「寄り」といいます。公式の決まり手が制定される以前は、相手が堪える間もなく出た場合を「寄り出し」、土俵際でしばらく堪えたのを出し切った場合を「寄り切り」として区別していたとされます。現在は寄り切りに一本化されていますが、「切る」という語には、堪える相手をなお前へ送り切るという含みが残っています。
寄り切りと押し出しの違いは「体が付いているか」で決まる
「寄り切り」と「押し出し」は、どちらも相手を土俵の外へ出す技です。取組を見ていて、この二つの区別がつかないという声は少なくありません。多くの人は「まわしを取っていれば寄り切り、取っていなければ押し出し」と覚えています。しかし日本相撲協会の定義を読むと、分かれ目はまわしではありません。
| 技 | 日本相撲協会の公式定義 |
|---|---|
| 寄り切り(基本技五番) | 相手に体を密着させて前か横に進んで土俵の外に出して勝つ |
| 押し出し(基本技三番) | 両手又は片手を筈にして、相手の脇の下や胸に当て、土俵の外に出して勝つ |
寄り切りの側には「体を密着させて」とあり、押し出しの側には「筈にして、相手の脇の下や胸に当て」とあります。筈とは、親指と他の四本の指をY字に開いた手の形のことです。つまり押し出しは、手をあてがって相手との間に距離をつくり、そこから押していく技。対して寄り切りは、体と体が付いたまま前へ進む技です。分かれ目は、まわしを取っているかどうかではなく、体が付いているか離れているかにあります。
この違いが効いてくる場面は二つあります。ひとつは、まわしに手が届かないまま差し手だけが入り、胸を合わせて前に出た場合。まわしを引いていなくても体は密着しているので、これは寄り切りです。もうひとつは逆で、四つに組んで寄っていたのに、土俵際でまわしから手を離し、相手の胸を突いて出した場合。このときは体が離れているので、押し出しと判定されます。
ただし誤解のないように付け加えると、実際の取組で寄り切りが決まるとき、その多くはまわしを引いた四つ身からです。まわしを取れば体は自然と密着し、引きつけの力もそのまま前進する力になります。「まわしは条件ではない」というのは、まわしが重要でないという意味ではなく、判定の線引きがまわしではないところに引かれているという意味です。四つに組んで寄るのが寄り切りの本筋であり、差しただけ・抱えただけの寄り切りは、そこからはみ出した形として理解するのが正確です。
寄り切り・押し出し・寄り倒し・突き出しの違いを表で比較
| 項目 | 寄り切り | 押し出し | 寄り倒し | 突き出し |
|---|---|---|---|---|
| 体の距離 | 密着している | 離れている | 密着している | 離れている |
| 手の使い方 | まわしを引く/差す/抱える | 筈にして脇の下や胸に当てる | まわしを引く/差す/抱える | 突っ張って突く |
| 相手の決着体勢 | 立ったまま土俵外へ | 立ったまま土俵外へ | 倒れながら土俵外へ | 立ったまま土俵外へ |
| 基本技の番号 | 五番 | 三番 | 六番 | 一番 |
四つの技はいずれも基本技に含まれます。押し出しの技術そのものについては押し出しとは?大相撲で最も多い決まり手の定義とやり方を解説で、寄り倒しについては寄り倒しとは?寄り切りとの違いと決まり手の技術を解説で、それぞれ詳しく扱っています。
Q. まわしを取っていなくても寄り切りになりますか?
A. なります。日本相撲協会の定義は「相手に体を密着させて前か横に進んで土俵の外に出して勝つ」であり、まわしを掴むことは条件に含まれていません。差し手が入って胸が合っていれば、まわしに手が掛かっていなくても寄り切りです。逆に、四つに組んでいても土俵際でまわしから手を離し、体を離して押した場合は押し出しになります。
Q. 寄り切りと寄り倒しはどう違いますか?
A. 決着の瞬間に相手が立っていれば寄り切り、体勢を崩して倒れながら土俵外へ出れば寄り倒しです。体を密着させて前に進むという動作は同じで、分かれるのは相手の残り方だけ。寄り倒しは基本技の六番で、寄り切りの次に置かれています。
寄り切りの動作を3ステップで解説
寄り切りは「差す(またはまわしを引く)・腰を割って密着する・すり足で寄り進む」という三段階で完結します。動作そのものは単純ですが、各段階に技術の要点があります。
ステップ1〈差す、またはまわしを引く〉 相手の懐に踏み込み、脇の下へ手を入れて差し手をつくるか、前褌・横褌を引きます。まわしを引ければ引きつけの力がそのまま前進の力になりますが、届かなければ差し手だけ、あるいは相手の背中に腕を回して抱え込む形でも構いません。前項のとおり、判定に必要なのは体の密着だからです。ここで差し負けたり体を開かれたりすると、そもそも寄る形になりません。
ステップ2〈腰を割って密着する〉 自分の胸と腹を相手に合わせ、両足を広げて腰を落とします。腰が高いままでは投げや引き技で崩されるため、頭を相手の胸元に当てながら下から突き上げる圧力を掛け続けます。小兵の力士が大型の力士を寄れるかどうかは、ほぼこの段階で決まります。
ステップ3〈すり足で寄り進む〉 左右の足を交互にすり足で踏み出しながら、腰を前へ送ります。土俵際で焦って突き放そうとすると体が離れ、重心も上がって逆転を招きます。相手の重心を下から制御したまま、俵の外まで出し切る。ここまでが一続きの動作です。
Q. 寄り切りはどんな体格の力士が得意ですか?
A. 体重が重く腰の安定した力士が有利とされますが、体格だけで決まる技ではありません。低い姿勢を保って相手の重心を下から支えられれば、体重差のある相手を寄り切ることもできます。実際、2026年5月の夏場所十日目には、体重138キロの若隆景が197キロの熱海富士を寄り切っています。
寄り切りと押し出しはなぜ最多なのか──決まり手データで見る二大潮流
日本相撲協会の協力を受けて集計された2015年から2024年までのデータ(序ノ口から幕内までの全取組)によると、2024年の決まり手は次のような割合でした。
| 順位 | 決まり手 | 2024年の割合 |
|---|---|---|
| 1位 | 押し出し | 26.7% |
| 2位 | 寄り切り | 24.6% |
| 3位 | 叩き込み | — |
| 4位 | 突き落とし | — |
| 5位 | 寄り倒し | — |
注目したいのは、この二つの順位が入れ替わってきたことです。同じ集計で2015年を見ると、寄り切りが26.2%で一位でした。押し出しが首位に立つのは2020年以降です。さらに遡ると、平成14年初場所から平成23年九州場所までの129,932番では、寄り切りが26.5%で一位、押し出しが21.7%で二位、叩き込みが6.71%で三位でした。
つまり寄り切りと押し出しは、四半世紀にわたって一位と二位を分け合ってきた二大決まり手です。合わせて全取組のおよそ半分を占める状態は、順位が入れ替わったあとも変わっていません。二つの技に共通しているのは「前に出て相手を土俵の外へ出す」という、相撲のもっとも素朴な勝ち方であることです。技の流行が移っても、この骨格そのものは動いていないと言えます。
近年は押し相撲の力士が増え、立ち合いのスピードが上がったことで、四つに組む前に勝負がつく取組が増えたと語られることがあります。相撲を見慣れた人のあいだでは、押し出しが増えたこと以上に、はたきや引きが増えたことへの物足りなさが語られる場面も見られます。数字が示しているのはあくまで割合の推移であり、そこから相撲の質を断ずることはできませんが、寄り切りという技が「組んで前に出る相撲」の象徴として受け取られていることは確かです。
Q. 大相撲で最も多い決まり手は何ですか?
A. 日本相撲協会の協力を受けた集計では、2024年は押し出しが26.7%で一位、寄り切りが24.6%で二位でした。ただし2015年は寄り切りが26.2%で一位であり、押し出しが首位になったのは2020年以降です。長期で見れば両者は一位と二位を分け合っており、合わせて全取組の約半数を占めます。
寄り切りの名手たち──王道の四つ身と小兵の食い下がり
寄り切りは、力士の型がそのまま表れる技です。四つ相撲を主体として長く上位に在位した力士ほど、寄り切りによる白星を積み重ねる傾向があります。ここでは寄り身の型ごとに、名前の挙がる力士を見ていきます。なお、決まり手別の通算回数について公式の記録は確認できないため、回数による順位づけは行いません。
歴代の名手
歴代では、第55代横綱・北の湖(深いもろ差しからの寄り)、第58代横綱・千代の富士(前褌を引きつけての速い寄り)、第65代横綱・貴乃花(完成された右四つの型)、第69代横綱・白鵬(右四つ左上手からの引きつけ)、元大関・魁皇(豪腕からの力強い寄り)、元大関・琴奨菊(腰を使って刻む「がぶり寄り」)といった名が挙がります。いずれも四つ相撲の完成度が高い横綱・大関として知られた力士です。
第73代横綱・照ノ富士は、万全の上手を引きつけて相手を封じ込める盤石な寄り身を見せた大横綱でした。2025年初場所を最後に引退し、同年6月9日付で年寄「伊勢ヶ濱」を襲名して伊勢ヶ濱部屋を継承しています。2026年1月31日には両国国技館で引退相撲が行われました。
現役力士の寄り身──三つの型
令和8年七月場所(名古屋場所)の番付では、横綱に豊昇龍と大の里、大関に霧島と琴櫻が並びます。現役力士の寄りは、おおよそ次の三つの型に分けて見ることができます。
- 王道の四つ身――大関・琴櫻は深い懐で相手を包み込むように寄り、大関・霧島はもろ差しから体を密着させて寄る。前頭十枚目の朝乃山は、右四つ左上手の型が整った落ち着いた寄り身で知られる
- 速攻・機動力の寄り――横綱・豊昇龍は、組んでからの動き出しが速く、相手が体勢を整える前に一気に寄り進む形が多い
- 小兵の食い下がり――関脇・若隆景は体重130キロ台ながら、低い姿勢と鋭い出足で大型力士を寄る。2026年5月19日の夏場所十日目には、197キロの熱海富士を寄り切って勝ち越しを決め、取組後に「下から我慢できた」と語った
小兵が大型力士を寄り切る一番が場内をわかせるのは、単なる番狂わせだからではありません。体重差を、低さと足腰の粘りという相撲の基本で覆した形だからです。稽古で積み上げるものが、そのまま土俵の上に出る。寄り切りという技が「正攻法」と呼ばれる理由は、この見えやすさにあります。
Q. 寄り切りを得意とする現役力士は誰ですか?
A. 令和8年七月場所の番付でいえば、大関の琴櫻と霧島、前頭十枚目の朝乃山が四つに組んでからの王道の寄り身で知られます。横綱・豊昇龍は組んでからの速さが持ち味で、関脇・若隆景は体重130キロ台ながら低い姿勢から大型力士を寄る取り口が高く評価されています。
まとめ
寄り切りとは、相手に体を密着させたまま前か横に進み、相手を立った状態のまま土俵の外へ出す技です。日本相撲協会が定める決まり手八十二手の基本技・五番にあたります。
- 押し出しとの分かれ目は、まわしの有無ではなく体が付いているか離れているか
- まわしに手が届かず差しているだけでも、体が密着していれば寄り切り。逆に土俵際で手を離して押せば押し出し
- 2024年の割合は押し出し26.7%が一位、寄り切り24.6%が二位。2015年は寄り切りが一位で、二つの技は長く一位と二位を分け合っている
- 動作は「差す・腰を割って密着する・すり足で寄り進む」の三段階
差し手を入れ、腰を落とし、相手の重心を下から支えたまま俵の外まで送り切る。派手さのない、時間のかかる勝ち方です。それでも寄り切りが決まり手の上位にあり続けているのは、この技が誤魔化しの利かないものだからでしょう。稽古場で繰り返される四股とすり足が、土俵の上でそのまま形になる。相手が堪えるだけ、寄る側も堪える。その静かな押し合いの時間こそが、この技の名に残された「切る」という一語の重みなのだと思います。

