大相撲の翔猿(とびざる)は、東京都江戸川区出身、追手風部屋に所属する幕内力士です。令和8年九月場所の番付は東前頭十四枚目。173cm・135kgと幕内では小柄な体で、新入幕の令和2年九月場所にはいきなり11勝を挙げ、千秋楽まで優勝争いに残りました。横綱・照ノ富士から挙げた金星は3個。この記事では、公式プロフィールと現在の番付、取り口、経歴、そして兄・英乃海との関係を、公式記録に当たって整理します。
この記事でわかること
- 翔猿の読み方(とびざる)と、公式プロフィール・最高位
- 令和8年九月場所の番付と、直近2年の場所ごとの成績
- 公式の得意技「押し」と、決まり手の半分が「その他」である取り口
- 新入幕の令和2年九月場所で、千秋楽に何が懸かっていたのか
- 金星3個をいつ、誰から挙げたのか
- 兄・元幕内 英乃海との関係と、10月3日の断髪式
翔猿とは|プロフィールと最高位
翔猿正也は東京都江戸川区出身、追手風部屋に所属する幕内力士で、最高位は令和4年11月場所の東小結です。
日本相撲協会の公式プロフィールによれば、平成27年1月場所で初土俵を踏み、令和2年9月場所で新入幕。得意技は「押し」と登録されています。身長173.0cm・体重135.0kgは幕内では小柄な部類で、動いて相手を崩す取り口で番付を上げてきました。四股名の「翔」は師匠である追手風親方(元幕内 大翔山)の四股名から取ったもので、「猿」は申年生まれの自分の動きを猿にたとえて付けたものです。読みは「とびざる まさや」。十両以上の力士は「関取」と呼ばれるので、記事や場内では「翔猿関」と書かれます。英語表記は Tobizaru Masaya です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 翔猿 正也(とびざる まさや) |
| 本名 | 岩崎 正也(しこ名履歴:岩崎 → 翔猿) |
| 生年月日 | 平成4年(1992年)4月24日・34歳 |
| 出身地 | 東京都江戸川区 |
| 所属部屋 | 追手風部屋 |
| 身長・体重 | 173.0cm・135.0kg |
| 初土俵 | 平成27年1月場所 |
| 新十両/新入幕 | 平成29年7月場所/令和2年9月場所 |
| 新三役・最高位 | 令和4年11月場所・東小結 |
| 得意技(公式表記) | 押し |
| 三賞・金星 | 殊勲賞1回・敢闘賞1回/金星3個 |
| 優勝歴 | 幕内から序ノ口まで各段とも0回 |
| 生涯戦歴 | 453勝427敗4休(70場所) |
| 幕内戦歴 | 256勝280敗4休(37場所) |
Q. 翔猿は何歳から相撲をしているのですか。
A. 日本相撲協会の公式アンケートでは、相撲を始めた年齢は7歳と答えています。埼玉栄高校・日本大学と学生相撲を続け、初土俵は22歳のときの平成27年1月場所です。
いまの番付と直近の成績
令和8年九月場所の翔猿の番付は東前頭十四枚目で、初日は9月13日、両国国技館です。
番付は令和8年8月31日に発表されました。前の七月場所は西前頭九枚目で5勝10敗と負け越しており、五枚下げての九月場所となります。直近2年を通して見ると、前頭上位まで上がっては下がる往復が続いていて、令和7年九月場所と令和8年五月場所ではいずれも9勝6敗と勝ち越しています。
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 令和6年9月 | 西前頭筆頭 | 5勝10敗 |
| 令和6年11月 | 東前頭5 | 9勝6敗 |
| 令和7年1月 | 東前頭2 | 7勝8敗 |
| 令和7年3月 | 東前頭3 | 6勝9敗 |
| 令和7年5月 | 西前頭6 | 7勝8敗 |
| 令和7年7月 | 東前頭7 | 3勝10敗2休 |
| 令和7年9月 | 東前頭15 | 9勝6敗 |
| 令和7年11月 | 西前頭9 | 6勝9敗 |
| 令和8年1月 | 東前頭13 | 7勝8敗 |
| 令和8年3月 | 東前頭13 | 6勝9敗 |
| 令和8年5月 | 東前頭15 | 9勝6敗 |
| 令和8年7月 | 西前頭9 | 5勝10敗 |
| 令和8年9月 | 東前頭14 | 9月13日初日 |
最新の番付表は令和8年九月場所の番付表にまとめています。
Q. 令和8年九月場所(秋場所)はいつ、どこで行われますか。
A. 令和8年9月13日(日)が初日、9月27日(日)が千秋楽で、会場は東京・両国国技館です。番付は8月31日に発表されました。
取り口|公式の得意技は「押し」、決まり手は半分が「その他」
公式の得意技は「押し」ですが、直近6場所の白星の半分は寄り切り・押し出し・引き落とし以外の技で挙げたものです。
日本相撲協会は力士ごとに「決まり手の傾向」を公表しており、翔猿の場合は過去6場所の90取組・42勝を母数として、寄り切り19%・押し出し17%・引き落とし14%、そして残る50%が「その他」と集計されています。協会が出しているのは上位3手までなので残りの中身は分かりませんが、白星の半分が上位3手に収まらないということ自体が、この力士の星の取り方を表しています。身長173.0cm・体重135.0kgは幕内では小柄な部類で、公式に登録されている得意技は「押し」の一語だけです。決まり手そのものについては決まり手82手の一覧にまとめています。
| 決まり手 | 割合 | どんな技か |
|---|---|---|
| 寄り切り | 19% | まわしを取り、体ごと土俵の外へ運ぶ |
| 押し出し | 17% | まわしを取らず、手で押して土俵の外へ出す |
| 引き落とし | 14% | 前に出てくる相手を引いて、土俵に手をつかせる |
| その他 | 50% | 上の3手以外。協会は内訳を公表していない |
新入幕の令和2年九月場所|千秋楽に勝てば決定戦だった
新入幕の令和2年九月場所で11勝4敗を挙げ、千秋楽に勝てば優勝決定戦、という位置まで迫りました。
東前頭十四枚目で迎えたこの場所、翔猿は初日から4連勝しました。14日目を終えた時点で11勝3敗。単独トップは12勝2敗の関脇・正代で、翔猿が千秋楽の本割に勝ち、その正代が敗れれば決定戦、という条件です。しかも千秋楽の相手が、その正代でした。結果は敗れて11勝4敗。優勝したのは13勝2敗の正代です。それでも新入幕での11勝は高く評価され、敢闘賞を受賞しました。
この場所、報道は「新入幕で優勝すれば大正3年(1914年)夏場所の両國以来、106年ぶり」と書いています(東京新聞)。翔猿は、その記録の一歩手前まで行ったことになります。
金星3個|すべて横綱・照ノ富士から
翔猿の金星は3個あり、いずれも第73代横綱・照ノ富士から挙げたものです。
最初の金星は令和4年9月場所の2日目でした。この場所は東前頭筆頭で10勝5敗と勝ち越し、殊勲賞を受賞しています。2個目は令和5年7月場所、3個目は令和7年1月場所です。3個目の令和7年1月場所は、照ノ富士が6日目に引退を表明した場所にあたり、この横綱の現役最後の本場所での金星となりました。照ノ富士の歩みは第73代横綱・照ノ富士の経歴にまとめています。
| 金星 | 場所 | 翔猿の番付と成績 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1個目 | 令和4年9月場所(2日目) | 東前頭筆頭・10勝5敗 | この場所で殊勲賞 |
| 2個目 | 令和5年7月場所 | 西前頭筆頭・9勝6敗 | — |
| 3個目 | 令和7年1月場所 | 東前頭2・7勝8敗 | 照ノ富士が6日目に引退を表明した場所 |
Q. 金星とは何ですか。
A. 平幕(前頭)の力士が横綱に勝つことを金星といいます。星取表に記録として残り、力士の給金にも反映されます。大関や関脇に勝っても金星にはなりません。
経歴|埼玉栄・日大から、28歳での新入幕まで
埼玉栄高校と日本大学を経て平成27年1月場所で初土俵を踏み、28歳の令和2年九月場所で新入幕を果たしました。
翔猿の番付は、下から一気に駆け上がった時期と、幕下・十両で足踏みした時期にはっきり分かれます。新十両から新入幕まではさらに3年以上かかり、その間に一度は幕下へ戻っています。
学生相撲から角界へ
埼玉栄高校から日本大学経済学部へ進み、学生相撲を経て平成27年1月場所で初土俵を踏みました。
初土俵は前相撲で、番付に名前が載ったのは同年3月場所の西序ノ口十七枚目です。ここから序ノ口・序二段・三段目をいずれも6勝1敗で通過し、平成27年11月場所で幕下に上がっています。番付に載ってから幕下まで、わずか4場所でした。
幕下と十両で足踏みした3年
平成29年7月場所で新十両に上がりましたが、そこから幕内までは3年以上かかっています。
新十両の場所は西十両十四枚目で6勝9敗と負け越し、9月場所からは幕下へ戻りました。十両に定着したのは平成30年3月場所からです。以降は7勝8敗と8勝7敗を行き来する場所が続きます。潮目が変わったのは令和2年で、1月場所9勝6敗、3月場所10勝5敗、7月場所9勝6敗と3場所続けて勝ち越し、ようやく幕内が見えてきました。
新入幕と、小結への昇進
令和2年九月場所で新入幕を果たし、令和4年11月場所で新三役の東小結に上がりました。
新入幕の場所でいきなり11勝を挙げたことは前の見出しで触れたとおりです。翌令和2年11月場所は西前頭四枚目まで番付を上げ、以後は前頭の上位と中位を往復しながら、令和4年9月場所の10勝5敗・殊勲賞を経て、同年11月場所で新三役に上がりました。三役の在位は令和4年11月場所(東小結)、令和5年3月場所(西小結)、令和5年9月場所(西小結)の3場所です。幕内は九月場所で37場所目になります。
兄は元幕内・英乃海|10月3日の断髪式で兄弟対決
兄は令和8年三月場所後に引退した元幕内・英乃海で、10月3日の断髪式で兄弟対決が予定されています。
兄の英乃海(本名 岩﨑拓也)は木瀬部屋に所属し、翔猿より先に関取へ上がっていました。翔猿が同じ部屋に入らなかった理由は「兄と同じだと甘えが出る」というもので、別の部屋である追手風部屋を選んでいます。英乃海は令和8年三月場所後に引退し、2026年4月3日の引退会見では弟について「少しでも長く現役を」と語りました。引退後は不動産会社に勤める予定と報じられています。
引退相撲・断髪式は2026年10月3日、両国国技館で行われます。断髪式の公式サイトでは、この日に兄弟対決が行われることが告知されています。九月場所の千秋楽から6日後、兄が大銀杏に鋏を入れる土俵で、二人が最初で最後の顔合わせをすることになります。
まとめ|九月場所の翔猿を見るポイント
東前頭十四枚目で迎える九月場所は、肘の状態と、勝ち越して番付を戻せるかどうかが焦点です。
翔猿は令和7年7月場所を、右肘関節亜脱臼・右肘内側側副靱帯損傷・変形性肘関節症のため13日目から休場しています。令和8年の夏巡業も、右変形性肘関節症のため休場しました(8月2日に岐阜市で始まった夏巡業を全休。スポーツ報知)。同じ部位の名前が1年をまたいで出てきているので、右肘の状態は、成績とは別に見ておきたい点です。
この記事の要点を整理します。
- 翔猿正也は東京都江戸川区出身、追手風部屋の幕内力士。最高位は令和4年11月場所の東小結
- 令和8年九月場所の番付は東前頭十四枚目。初日は9月13日、千秋楽は9月27日、会場は両国国技館
- 公式の得意技は「押し」。直近6場所の白星は寄り切り19%・押し出し17%・引き落とし14%で、残る50%は上位3手に入らない技
- 新入幕の令和2年九月場所で11勝4敗・敢闘賞。千秋楽に勝ち、単独トップの正代が敗れれば決定戦、という位置まで迫った
- 金星3個はいずれも横綱・照ノ富士から。3個目は照ノ富士が引退を表明した令和7年1月場所
同じく小柄な体で幕内を張る力士としては、木瀬部屋の技巧派・宇良の取り口と併せて見ると、小兵がどう星を拾うのかが分かります。九月場所の顔ぶれ全体は幕内・十両の力士一覧から確認できます。
新入幕でいきなり優勝を争った力士が、そこから6年たっても幕内にいる。この2年だけを見ても番付は前頭筆頭から十五枚目まで上下し、途中には肘を痛めて土俵を離れた場所もありました。34歳、東前頭十四枚目。新入幕のあの十五日間で名前を覚えられた力士ですが、幕内で37場所目を迎えていること自体が、この人の記録でもあります。九月場所は、まず十五日間を取り切る姿を見たいと思います。

