照ノ富士は2025年1月場所を最後に現役を引退し、現在は年寄「伊勢ヶ濱」として伊勢ヶ濱部屋を率いています。本場所に出場することはありません。モンゴル・ウランバートル出身の第73代横綱で、幕内最高優勝は10回。大関から序二段まで番付を落としながら横綱に還った、大相撲の長い歴史でただひとりの力士です。この記事では、日本相撲協会公式の記録をもとに経歴・成績・引退後の現在までをまとめます。
現役引退済み(2025年1月場所)/現在は年寄「伊勢ヶ濱」
「照ノ富士 速報」「照ノ富士 今日の結果」でこのページに来られた方へ。照ノ富士はすでに土俵を降りており、本場所の取組はありません。現在は伊勢ヶ濱部屋の師匠として弟子の指導にあたっています。
📖 この記事でわかること
- 照ノ富士の現在——2025年6月に年寄「伊勢ヶ濱」を襲名し部屋を継承
- 第73代横綱としてのプロフィールと通算成績(日本相撲協会公式)
- 大関から序二段48枚目まで落ち、横綱に戻るまでの経緯
- 幕内最高優勝10回の内訳と、横綱在位21場所の実像
- 2026年1月31日に営まれた引退相撲・断髪式の記録
照ノ富士とは?第73代横綱のプロフィール
照ノ富士とは、伊勢ヶ濱部屋に所属した第73代横綱です。幕内最高優勝は10回を数えます。
くわしくは、モンゴル・ウランバートル出身で伊勢ヶ濱部屋に所属した第73代横綱。大関から序二段48枚目まで陥落しながら横綱に昇進した史上唯一の力士で、2025年1月場所で引退し、現在は年寄「伊勢ヶ濱」として伊勢ヶ濱部屋を率いています。
四股名は「照ノ富士 春雄」と書き、「てるのふじ はるお」と読みます。伊勢ヶ濱部屋は横綱照國、横綱旭富士を出した部屋で、その両者から一字ずつを受けた名とされています。四股名は単なる登録名ではなく、部屋が積み上げてきたものを次の世代が背負う印でもあります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名(読み) | 照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお) |
| 本名 | 杉野森 正山 |
| 生年月日 | 1991年11月29日 |
| 出身地 | モンゴル・ウランバートル |
| 身長/体重 | 192.0cm/176.0kg |
| 所属部屋 | 伊勢ヶ濱 |
| 初土俵 | 2011年5月 技量審査場所 |
| 最高位 | 第73代横綱 |
| 得意技 | 右四つ・寄り |
| 引退 | 2025年1月場所 |
| 通算成績 | 523勝275敗231休(82場所) |
| 幕内最高優勝 | 10回 |
192.0cm・176.0kgという体格は、幕内でも上位に入る大きさです。ただ照ノ富士の相撲は、体格にまかせて押し込むものではありませんでした。右四つに組み止めてしまえば、そこから先はほとんど動かない。相手の型を消してから運ぶ相撲で、勝ち方が静かなのが特徴でした。横綱という地位そのものについては、横綱とは?意味・なり方・歴代一覧で制度の側から解説しています。
照ノ富士の現在は伊勢ヶ濱親方——本場所の出場はありません
照ノ富士は現在、年寄「伊勢ヶ濱」として部屋を率いています。本場所の出場はありません。
襲名は2025年6月9日付で、伊勢ヶ濱部屋をそのまま継承しました。平成生まれで初の部屋持ち親方です。
この日には、名跡が3つ同時に動いています。宮城野親方だった元横綱白鵬が日本相撲協会を退職し、それまで伊勢ヶ濱親方だった元横綱旭富士が「宮城野」を襲名、空いた「伊勢ヶ濱」を照ノ富士が継いで部屋を引き受けました。旭富士が同年7月に65歳の定年を迎えることが背景にあります。名跡と部屋がどう受け渡されるかは相撲界の根幹にある仕組みで、当サイトでは宮城野部屋が消滅した経緯でも一連の流れを追っています。
継承にあたっての会見で、伊勢ヶ濱親方は「責任を感じる。相撲部屋は家族。一緒に成長していく」と語りました。伊勢ヶ濱部屋には安青錦をはじめとする力士が在籍しており、親方としての仕事は、自分が勝つことから弟子を勝たせることへと移っています。
Q. 照ノ富士の今日の結果は?
A. 照ノ富士は2025年1月場所で現役を引退しているため、本場所での取組はありません。当日の取組結果を探している場合は、現役力士の星取をご確認ください。速報の追い方は大相撲の取組結果・速報はどこが速い?にまとめています。
Q. 照ノ富士は現在なにをしていますか?
A. 2025年6月9日付で年寄「伊勢ヶ濱」を襲名し、伊勢ヶ濱部屋の師匠として弟子の指導にあたっています。平成生まれでは初めての部屋持ち親方です。
序二段48枚目からの復活——史上唯一の横綱昇進
照ノ富士は2019年3月場所に西序二段48枚目まで落ち、そこから横綱へ戻りました。
大関経験者が序二段まで番付を下げ、そこから横綱に昇進した例は、ほかにありません。
大関に上がったのは2015年7月場所、23歳のときです。しかし同年9月場所で右膝の前十字靭帯と外側半月板を痛め、以後は休場と負け越しが重なりました。両膝の変形性関節症に加え、糖尿病、C型肝炎、腎臓結石も抱えていたことが後に報じられています。番付は成績どおりに動く仕組みですから、出られない場所が続けば地位は下がり続けます。大関から関脇、前頭、十両、幕下、そして序二段へ。落ちる速さは、上がる速さより常に速いものです。
戻る道は、落ちた道をそのまま逆にたどるしかありません。序二段から三段目、幕下、十両、前頭、三役、大関と、すべての階級をもう一度勝ち上がる必要があります。照ノ富士は2019年11月場所に幕下、2020年1月場所に十両で優勝を重ねて関取に復帰し、2020年7月場所には前頭で幕内最高優勝を果たしました。2021年5月場所で大関に復帰し、同年7月21日に横綱昇進が伝達されます。新横綱として迎えたのは2021年9月場所でした。
膝が治ったから戻れたわけではありません。膝は最後まで悪いままでした。悪いままの体で、勝てる形を探し直した結果が右四つの相撲です。土俵は、体が万全な者だけのものではない——照ノ富士の番付表は、そのことを数字で示しています。
Q. 照ノ富士はなぜ序二段まで落ちたのですか?
A. 2015年9月場所での右膝の大怪我に始まり、両膝の変形性関節症、糖尿病、C型肝炎などで休場が続いたためです。番付は成績で動くため、出場できない場所が重なると地位は下がり続けます。
幕内最高優勝10回と横綱在位21場所
照ノ富士の幕内最高優勝は10回です。初優勝は関脇だった2015年5月場所、最後の優勝は横綱として臨んだ2024年7月場所でした。
| 場所 | 番付 | 成績 |
|---|---|---|
| 2015年5月場所 | 関脇 | 12勝3敗 |
| 2020年7月場所 | 前頭 | 13勝2敗 |
| 2021年3月場所 | 関脇 | 12勝3敗 |
| 2021年5月場所 | 大関 | 12勝3敗 |
| 2021年9月場所 | 横綱 | 13勝2敗 |
| 2021年11月場所 | 横綱 | 15勝0敗(全勝) |
| 2022年5月場所 | 横綱 | 12勝3敗 |
| 2023年5月場所 | 横綱 | 14勝1敗 |
| 2024年1月場所 | 横綱 | 13勝2敗 |
| 2024年7月場所 | 横綱 | 12勝3敗 |
横綱在位は21場所ですが、そのうち13場所は休場しています。土俵に上がれた場所のほうが少なかった、ということです。それでも横綱として6回優勝しているのは、出られる場所に力を集めきったからにほかなりません。休場の多さをどう受け止めるかは見る人によって分かれますが、番付を守るために出て負けるより、治して勝てる形で戻ることを選び続けた記録だと読むこともできます。
通算成績は523勝275敗231休(82場所)。231という休場数の大きさが、この力士の相撲人生の輪郭をそのまま示しています。横綱の地位に締める綱そのものについては横綱の綱とは?素材・重さ・作り方で解説しています。
Q. 照ノ富士の優勝は何回ですか?
A. 幕内最高優勝は10回です。うち6回は横綱としての優勝で、2021年11月場所では15戦全勝を記録しています。ほかに十両・幕下でも優勝を経験しています。
得意技は右四つ・寄り——不知火型の土俵入り
照ノ富士の得意技は右四つ・寄りです。日本相撲協会公式にもそう記されています。
まわしを引きつけて相手を起こし、そのまま土俵の外へ運ぶ、四つ相撲の王道でした。
右四つとは、右手を相手の脇の下から差し込んで組む形をいいます。差してしまえば相手は前に出にくくなり、引きつけられれば体が浮きます。192.0cm・176.0kgの体で引きつけられたとき、相手にできることは多くありません。膝に不安を抱えてからは、動いて崩す相撲ではなく、組んで動かさない相撲へと比重を移しました。速さを失った分を、形の正確さで埋めた相撲だったといえます。
土俵入りは不知火型でした。横綱土俵入りには雲龍型と不知火型があり、不知火型は両腕を大きく左右に開いてせり上がるのが特徴とされます。締める綱も、輪が二つの不知火型と一つの雲龍型で作りが異なります。所作の一つひとつは見栄えのためのものではなく、四股で地を鎮め、腕を開いて力を示すという神事の作法をなぞったものと言われています。ほかの力士の取り口や経歴は力士名鑑からたどれます。
引退相撲・断髪式は2026年1月31日——白鵬も出席
照ノ富士の引退相撲・断髪式は、2026年1月31日に両国国技館で営まれました。
約330人がはさみを入れ、止めばさみは師匠だった宮城野親方(元横綱旭富士)が務めています。
引退そのものは2025年1月17日、初場所6日目に表明されました。当時33歳。日本相撲協会の理事会が同日これを承認しています。引退から断髪式までのあいだに年寄「伊勢ヶ濱」の襲名と部屋の継承があったため、この日の断髪式は、すでに親方となった人が力士としての姿に区切りをつける儀式でもありました。
最後の横綱土俵入りは不知火型で披露されました。露払いを大の里、太刀持ちを豊昇龍という現役の横綱2人が務め、照ノ富士は3歳の長男を抱いて花道から現れています。現役横綱2人を従える土俵入りは、めったに見られるものではありません。
この日には、2025年6月に日本相撲協会を退職した元横綱白鵬も出席し、はさみを入れました。白鵬自身の引退相撲は2023年1月28日に同じ両国国技館で営まれています。長く同じ時代の土俵に立った者が、髷を落とす場に居合わせる——その並びに、多くを語らない重さがありました。
断髪式では、労いの言葉をかけられた際に「お祝いの場で何で泣くの」と返し、涙を見せなかったと伝えられています。
Q. 照ノ富士の断髪式はいつ行われましたか?
A. 2026年1月31日、東京・両国国技館で行われました。約330人がはさみを入れ、止めばさみは師匠だった宮城野親方(元横綱旭富士)が務めています。
まとめ|照ノ富士の歩みと、これから
照ノ富士は第73代横綱として幕内最高優勝10回を挙げ、2025年1月場所で引退。現在は年寄「伊勢ヶ濱」として部屋を率いています。
- 四股名は照ノ富士 春雄(てるのふじ はるお)、モンゴル・ウランバートル出身、伊勢ヶ濱部屋
- 幕内最高優勝10回、通算523勝275敗231休(82場所)、得意技は右四つ・寄り
- 2019年3月場所に西序二段48枚目まで陥落し、2021年7月に横綱昇進。この経路は史上唯一
- 2025年6月9日付で年寄「伊勢ヶ濱」を襲名し部屋を継承。平成生まれ初の部屋持ち親方
- 引退相撲・断髪式は2026年1月31日、両国国技館
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番付は容赦のない表です。勝てば上がり、出られなければ下がる。照ノ富士の番付表には、大関の位置と序二段の位置と横綱の位置が、同じ一人の名前で刻まれています。そこにあるのは奇跡というより、悪い膝のまま勝てる形を探し直した十年の記録でしょう。いま同じ人が、伊勢ヶ濱の名で弟子に稽古をつけています。土俵を降りた者が次の世代を土俵に上げる——大相撲がそうやって続いてきたことを、この一枚の番付表は静かに教えてくれます。

