一本背負い(いっぽんぜおい)とは、前に出てくる相手の片腕を両手でつかみ、ふところに入って肩にかつぎ、前に投げ倒す相撲の決まり手です。日本相撲協会が定める決まり手八十二手のうち「投げ手」の1つです。協会の集計では、全段(幕内〜序ノ口)・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番で19回、そのうち幕内は3回です。柔道にも同じ名で呼ばれる技(正式名は一本背負投)がありますが、相撲では投げる途中で膝をついても負けになるため、決まる形も回数も違います。
この記事でわかること
- 協会の2つの説明文と、「片腕をつかむ・肩にかつぐ・前に投げる」の3コマ図
- 柔道の一本背負投との違いの比較表
- 192,672番で19回という数字の範囲と、投げ手13手の中での位置
- 魁皇・豪風・豊昇龍など、幕内で決まった全8番
- とったり・腰投げ・二丁投げとの見分け方
- 勝負が決まった後の一本背負いが記録されないこと
一本背負いとは|相手の片腕を両手でつかみ、肩にかついで前に投げ倒す投げ手
一本背負いは相撲の決まり手で、相手の片腕を両手でつかみ、肩にかついで前へ投げ倒す投げ手です。
日本相撲協会の公式サイトは、一本背負いを次のように説明しています。
前に出てくる相手の片腕を両手でつかみ、相手のふところに入って肩にかつぎ、前に投げ倒して勝ちます。体重差があると相手に潰されてしまう場合もあるので、あまり見ることの出来ない大技です!
説明の後半にあるとおり、協会自身が「あまり見ることの出来ない大技」と書いている技です。下の図は、協会の説明文を当サイトが3つの場面に分けたものです。手の細かな位置は協会の説明に無く、練習の手順ではありません。
協会の説明は2通りあり、キッズページは「体を背負い前方へ」と書く
協会の子ども向けページは「片手」「体を背負い」と、詳細ページと少し違う言葉で同じ動きを書いています。
協会のキッズページ「おしえて八十二手」では、一本背負いの説明が画像の中の文字で次のように書かれています。
前に出てくる相手の片手を両手でつかみ、体を背負い前方へ投げて勝ちます。体重差があると相手に潰されてしまう場合もあるので、あまり見ることの出来ない大技です。
詳細ページは「片腕」「ふところに入って肩にかつぎ」、キッズページは「片手」「体を背負い前方へ」です。どちらも、相手の腕1本を両手で持ち、自分の背に乗せて前へ投げる点は同じです。協会のサイトに、技の名の由来を書いたページは見つかりませんでした。
読みは「いっぽんぜおい」、辞書は柔道と相撲の両方の技とする
読みは「いっぽんぜおい」で、国語辞典は柔道と相撲の両方にある技として説明しています。
デジタル大辞泉は「柔道・相撲で、相手の片手をつかんで肩にかつぎ、背負うようにして前に投げる技。」と説明しています。ブリタニカ国際大百科事典の小項目事典は「相撲の決まり手の一つ」とし、相手の二の腕に自分の二の腕をひっかけ、手首をつかんで肩越しに前へ投げると書いています(出典:コトバンク「一本背負い」)。
ブリタニカの説明は手の使い方が協会と少し違います。当サイトでは、記録の基準になる協会の説明文を定義として使います。
相撲での旧称は「背負い投げ」とWikipediaは書く
Wikipediaは、相撲での旧称を「背負い投げ」とし、柔道の正式名は「一本背負投」だと書いています。
Wikipediaの記事名は柔道の「一本背負投」で、「通称および相撲での名称」を一本背負いとし、相撲での旧称に「背負い投げ」「負投」、別の旧称に「矢柄投」を挙げています(出典:Wikipedia「一本背負投」)。協会のサイトに旧称の説明は無く、当サイトでは一次資料を確かめられていません。現在の決まり手八十二手に「背負い投げ」という名前はありません。
一本背負いと柔道の一本背負投・背負投の違い|土俵では膝をつけば負け
柔道の一本背負投と動きは似ていますが、相撲は投げる途中で膝をつけば負けで、持つのも道着ではなく相手の腕です。
2026年10月15日に当サイトがGoogleで「一本背負い」を検索したところ、上位8件のうち7件が柔道の技の解説か辞書でした。相撲の一本背負いと柔道の一本背負投を、名前・分類・持つところで比べると次のようになります。
| 項目 | 相撲の一本背負い | 柔道の一本背負投 |
|---|---|---|
| 名前 | 一本背負い(いっぽんぜおい) | 一本背負投(講道館・国際柔道連盟の正式名とWikipediaは書く) |
| 分類 | 決まり手八十二手の投げ手 | 投技の手技(Wikipediaによる) |
| 相手のどこを持つか | 前に出てくる相手の片腕を両手でつかむ(協会) | 受の右腕を抱え制する(柔道の技解説サイト) |
| 近い技との関係 | 旧称は「背負い投げ」(Wikipediaによる) | 背負投から分離独立した。双手背負投とは手の使い方が違う |
| 投げる途中で膝をついたら | 負けになる(Wikipediaの相撲の節) | 本記事では扱わない |
柔道の正式名は「一本背負投」で、双手背負投とは手の使い方が違う
柔道では「一本背負投」が正式名で、「双手背負投」とは手の使い方が違う別の技とされています。
Wikipediaは、一本背負投を講道館と国際柔道連盟の正式名とし、投技の手技の1つで、柔道では背負投から分離独立したと書いています。柔道の技解説サイトkdkjudo.orgは、受の右腕を抱え制して背負い上げて投げると説明し、「「双手背負投」とは、手の使い方に相違があります。」と書いています(出典:kdkjudo.org「一本背負投」)。柔道の技の細部は当サイトの扱う範囲の外のため、ここでは名前と分類の違いだけを示します。
相撲では足の裏以外が土俵につけば負けで、背中を見せると送り出される
相撲は投げる途中で膝や手をつけば負けになり、相手に背を向けると送り出される危険もあります。
Wikipediaの相撲の節は、「相撲においては相手に背を見せることは送り出しでの負けの可能性が高く、そうでなくても相手を投げる途中にひざなどをついてしまうと即負けとなるため、滅多に成功することはない。」と書いています(出典:Wikipedia「一本背負投」)。
相撲の一本背負いは、相手をかついだまま自分は立っていなければなりません。協会は「大相撲では全ての取組において、どの決まり手で勝負が決したかを記録します。」と説明していて(出典:日本相撲協会 大相撲クイズNo.15)、一本背負いの19回も、投げた側が残って勝った記録です。
一本背負いはどれくらい出ているのか|協会の集計では192,672番で19回
協会の集計では、全段・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番で、一本背負いは19回です。
協会の決まり手ランキングには、「期間:平成二十五年一月場所~令和八年九月場所千秋楽」「取組数:192,672番を元に表示しています」と書かれています(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手」)。この期間の最初の1番は平成25年7月場所で、最も新しいのは令和8年5月場所4日目です。割合は0.01%で、およそ1万番に1回の計算です。
82手中62位で、投げ手の中では二丁投げより少ない
協会の一覧で一本背負いは62位で、投げ手の中では二丁投げ(40回)や首投げ(416回)より少ない技です。
投げ手は13手あり、上手投げや下手投げのように毎場所のように出る技と、年に1回出るかどうかの技に分かれます。一本背負いは後ろから4番目です。
| 技 | 一覧の順位 | 回数 |
|---|---|---|
| 上手投げ | 6位 | 8,906 |
| 下手投げ | 10位 | 4,364 |
| 掬い投げ | 12位 | 4,021 |
| 小手投げ | 13位 | 3,203 |
| 上手出し投げ | 14位 | 2,475 |
| 下手出し投げ | 18位 | 707 |
| 首投げ | 23位 | 416 |
| 掛け投げ | 29位 | 292 |
| 二丁投げ | 53位 | 40 |
| 一本背負い | 62位 | 19 |
| 腰投げ | 73位 | 6 |
| 櫓投げ | 81位 | 1 |
| つかみ投げ | 82位 | 1 |
19回のうち幕内は3回で、16回は幕下以下
協会の19番のうち幕内は里山・豪風・豊昇龍の3番で、十両と幕下は0、残る16番は三段目以下です。
協会の一本背負いのページには「一本背負いで勝った力士」として19番が並んでいます(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手 一本背負い」)。取組のときの段で数えると次のとおりです。
| 段(取組のとき) | 番数 | 勝った力士 |
|---|---|---|
| 幕内 | 3 | 里山(平成26年1月)・豪風(平成29年1月)・豊昇龍(令和3年9月) |
| 十両 | 0 | ― |
| 幕下 | 0 | ― |
| 三段目 | 7 | 海士の島・漣・表(現・赤虎)・望月・朝心誠・赤虎・家の島 |
| 序二段 | 7 | 浜田山・吉ノ富士・栃玄武・満津田・若佐竹・本木山・石東 |
| 序ノ口 | 2 | 蘇・廣中 |
三段目と序二段がそれぞれ7番で、関取の取組は幕内の3番だけです。令和3年1月場所に「表」の四股名で決めた力士は、令和5年3月場所にも赤虎の名で決めています。
相撲レファレンスでは全期間84番で、序二段の33番が最も多い
相撲レファレンスの記録を当サイトが数えたところ、全段・全期間で84番あり、序二段の33番が最も多くなります。
取組の記録を集めたサイト「相撲レファレンス」で一本背負いの勝ちを検索すると、84番が出ます(出典:相撲レファレンス「取組検索」)。協会と同じ期間に限ると19番で、協会の数と一致します。
| 段 | 全期間の番数 |
|---|---|
| 幕内 | 8 |
| 十両 | 6 |
| 幕下 | 9 |
| 三段目 | 19 |
| 序二段 | 33 |
| 序ノ口 | 9 |
| 合計 | 84 |
1990年ごろより前の幕下以下は記録が薄いため、古い時代の下位の数は実際より少ない可能性があります。最初の記録は1929年5月場所の幕内で、決まり手を定める前の一番のため、当時の分類は確かめられません。
幕内で決まった一本背負い|魁皇・豪風・豊昇龍ら全8番
相撲レファレンスの記録では、幕内の一本背負いは1929年から2021年までの8番で、2回決めたのは豪風だけです。
| 場所・日 | 勝った力士(番付) | 負けた力士(番付) |
|---|---|---|
| 1929年5月場所11日目 | 朝光(前頭10) | 常陸嶽(前頭11) |
| 1974年11月場所12日目 | 金城(前頭8) | 玉ノ冨士(前頭11) |
| 2000年11月場所14日目 | 魁皇(大関) | 武蔵丸(横綱) |
| 2004年5月場所千秋楽 | 豪風(前頭8) | 金開山(前頭13) |
| 2011年9月場所5日目 | 磋牙司(前頭9) | 栃乃若(前頭7) |
| 2014年1月場所12日目 | 里山(前頭16) | 栃乃若(前頭8) |
| 2017年1月場所8日目 | 豪風(前頭5) | 魁聖(前頭9) |
| 2021年9月場所9日目 | 豊昇龍(前頭筆頭) | 若隆景(前頭3) |
1974年の金城の次は2000年の魁皇で、幕内では26年あいています。栃乃若は2011年と2014年の2度、一本背負いで敗れています。
2000年11月場所14日目、大関の魁皇が横綱の武蔵丸に決めた
2000年11月場所14日目、大関の魁皇が横綱の武蔵丸を一本背負いで破り、幕内では26年ぶりの一本背負いでした。
Wikipediaは、この一番を「魁皇が武蔵丸相手に不完全な形ながらも決める。幕内では26年ぶり。」と書いています(出典:Wikipedia「一本背負投」)。相撲レファレンスの記録では、魁皇はこの場所11勝4敗でした。幕内の8番のうち、大関が横綱に決めたのはこの1番だけです。大関という地位については大関とはで解説しています。
中学まで柔道をしていた豪風は、十両と幕内で3回決めた
中学まで柔道をしていた豪風は、十両で1回、幕内で2回、合わせて3回一本背負いを決めています。
日刊スポーツは2017年1月場所8日目の魁聖戦を、「もろ差しになっていた左腕を抜いて、相手の右腕を手繰ると、体を入れ替え一本背負いを繰り出した。」と伝えました。同じ記事は、十両時代の2003年7月場所の千代天山戦、幕内の2004年5月場所の金開山戦に続く「通算3度目」とし、豪風は「柔道でも一本でしょう」と話しています(出典:日刊スポーツ(2017年1月15日))。
朝日新聞によると、豪風の長男と長女も柔道を習っていました(出典:朝日新聞(2017年1月))。相撲レファレンスの記録では、幕内で一本背負いを2回決めた力士は豪風だけです。
2021年9月場所9日目、豊昇龍が若隆景に決め、軍配差し違えで勝った
2021年9月場所9日目、豊昇龍は若隆景を一本背負いで投げ、物言いの協議の結果、軍配差し違えで勝ちました。
中日スポーツは「豊昇龍は土俵際まで追い込まれながら、若隆景の右腕をつかんで網打ちで残すと、最後は相手の右足を払い上げる二丁投げのようなかたちで、一本背負い。」と書き、行司の軍配は若隆景に上がったと伝えています(出典:中日スポーツ(2021年9月))。ABEMAで解説した荒磯親方(元横綱・稀勢の里)は「過去最高の一本背負いかもしれない」と評しました(出典:ABEMA TIMES(2021年9月))。
協会の集計期間(令和8年9月場所千秋楽まで)では、これが幕内で最後の一本背負いです。協会は2023年の大相撲クイズNo.689でこの一番を出題しています(出典:日本相撲協会 大相撲クイズNo.689)。若隆景については若隆景とはに、豊昇龍がのちに上がった地位は横綱とはにまとめています。
一本背負いととったり・腰投げ・二丁投げの見分け方|肩にかついで前に投げたか
相手の片腕を取る技はほかにもあり、肩にかついで背中越しに前へ投げたかどうかが一本背負いの目印です。
協会の説明文を並べると、似て見える技の違いは「腕を取ったあとにどう倒すか」に出ます。
| 技 | 分類 | 協会の説明(原文の一部) | 回数 |
|---|---|---|---|
| 一本背負い | 投げ手 | 前に出てくる相手の片腕を両手でつかみ、相手のふところに入って肩にかつぎ、前に投げ倒して勝ちます | 19 |
| とったり | 捻り手 | 相手の片腕を両手で抱え取り、体を開いて手前にひねり倒して勝ちます | 379 |
| 腰投げ | 投げ手 | 深く腰を入れて相手の体を自分の腰に乗せ、相手を投げて勝つ | 6 |
| 二丁投げ | 投げ手 | 右(左)足を相手の、右(左)足のひざの外側に掛けて、吊っておいて払うように投げて勝ちます | 40 |
当サイトの読み解きでは、相手の片腕を両手で取るところまでは一本背負いもとったりも同じで、一本背負いは相手を自分の背に乗せて前へ投げ、とったりは体を開いて手前にひねり倒します。
「一本背負い決まった」と紹介された2026年3月の一番は、決まり手がとったりだった
2026年3月場所千秋楽の山藤-悠錦は「一本背負い決まった」と紹介されましたが、決まり手はとったりでした。
ABEMA TIMESは見出しにファンの声として「一本背負い決まった」を使い、本文で「幕下五十七枚目・山藤(出羽海)が、三段目二枚目・悠錦(朝日山)を「とったり」で下して3勝目(4敗)を挙げた一番。」と書いています(出典:ABEMA TIMES(2026年3月22日))。とったりの協会の説明は「相手の片腕を両手で抱え取り、体を開いて手前にひねり倒して勝ちます!」です(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手 とったり」)。
照強の逆一本背負いのような投げは、腰投げと記録された
2017年11月場所9日目の十両で照強が貴源治を投げた一番は、逆一本背負投に似ていても決まり手は腰投げでした。
Wikipediaは、照強が貴源治を「逆一本背負投の様に投げたが、決まり手は腰投げとなった」と書いています(出典:Wikipedia「一本背負投」)。相撲レファレンスの記録でも、この日の十両の照強-貴源治は腰投げです。腰投げの協会の説明は「深く腰を入れて相手の体を自分の腰に乗せ、相手を投げて勝つ」です(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手 腰投げ」)。
豊昇龍の一番は「二丁投げのようなかたち」と報じられたが、記録は一本背負い
豊昇龍の一番は中日スポーツが「二丁投げのようなかたち」と書きましたが、協会の記録は一本背負いです。
二丁投げは、協会の説明では足を相手のひざの外側に掛けて「吊っておいて払うように投げて」勝つ技です(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手 二丁投げ」)。協会のクイズNo.689も、この一番の選択肢に二丁投げ・一本背負い・腰投げの3つを並べ、正解を一本背負いとしています。当サイトの読み解きでは、足で払う動きが入っても、相手の腕を取って肩にかついで投げた形が記録の上では一本背負いになった例です。
なぜ一本背負いは珍しいのか|体重差で潰され、背中を見せるから
協会は体重差で相手に潰されやすいことを、Wikipediaは背中を見せる危険と膝をつく危険を、珍しい理由に挙げています。
協会自身が「体重差があると相手に潰されてしまう」と書いている
協会の決まり手ページもキッズページも、体重差があると相手に潰されることがあるので、あまり見られない技だと書いています。
Wikipediaも、「力士は体重が重く簡単には自分の背中に相手を乗せることができない」と書いています(出典:Wikipedia「一本背負投」)。相手の体を自分の背に乗せる技なので、相手が重いほど乗せる前に上から潰されやすくなる、というのが当サイトの読み解きです。
1948年の講道館の機関誌も「つぶされる恐れ」で敬遠されると書いた
Wikipediaによると、講道館の機関誌『柔道』は1948年に、相撲ではつぶされる恐れから敬遠されていると書きました。
同じ記事は、出羽湊(最高位関脇)がこの技を使っていたとも述べているとWikipediaは紹介しています。当サイトは機関誌の原本を確かめていないため、Wikipediaの記述として紹介します。
決めた力士には、柔道経験者も、体重160キロを超える力士もいる
柔道経験のある豪風が3回決めた一方で、2026年5月には体重160キロを超える家の島も一本背負いで勝っています。
2026年5月場所4日目、三段目の家の島が若雷に決めた一番を、ABEMA TIMESは「体重160キロを超える巨漢力士が、土俵際で背後を取られる絶体絶命のピンチを迎える」場面からの逆転と伝え、「変形一本背負い」と驚く観客の反応を紹介しています(出典:ABEMA TIMES(2026年5月13日))。スポーツニッポンも「珍決まり手」と見出しを付けました(出典:スポニチ(2026年5月14日))。協会の一覧で、いま最も新しい一本背負いです。
決まり手にならない一本背負い|勝負が決まった後の投げは記録されない
勝負がついた後に一本背負いのように投げても記録には残らず、決まり手はその前に勝負を決めた技になります。
2026年9月場所6日目の三段目では、送り倒しで敗れた柾富士が、その直後に一本背負いのように北勝龍を投げ、北勝龍が土俵下へ落ちました(出典:ライブドアニュース(2026年9月18日))。この一番の決まり手は送り倒しで、協会の一本背負いの一覧(19番)にも入っていません。
協会が記録するのは「どの決まり手で勝負が決したか」です。勝負がついた後の動きは、どれほど見事でも決まり手になりません。決まり手ではない勝負結果については勇み足とはでも解説しています。
一本背負いについてよくある質問
Q. 逆一本背負いは反則ですか
A. 大相撲の決まり手に「逆一本背負い」という名前は無く、2017年11月場所に照強が逆一本背負投のように投げた一番は腰投げと記録されています。協会の大相撲クイズNo.711が挙げる「審判規則 禁手反則」の8項目は、握り拳で殴ること・頭髪をつかむこと・胸や腹を蹴ることなどで、相手を背負って投げる動きは入っていません(出典:日本相撲協会 大相撲クイズNo.711)。柔道での扱いはこの記事では扱いません。
Q. 一本背負いは十両の取組でも出ていますか
A. 協会の集計期間(平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽)の19回に、十両の取組は1番もありません。相撲レファレンスの全期間の記録では十両で6番あり、最後は2009年9月場所千秋楽に白馬が土佐ノ海に決めた一番です。
Q. 新しく一本背負いが出たかは、どこで確かめられますか
A. 協会の決まり手ページ「一本背負い」の「一本背負いで勝った力士」の一覧で確かめられます。取組日・取組時のしこ名・現在のしこ名が並び、いまの集計は令和8年9月場所千秋楽までで19番です(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手 一本背負い」)。20番目が加われば、新しく出たことになります。
Q. 一本背負いを決めた力士で、いま関取なのは誰ですか
A. 協会の一覧は令和8年9月場所の番付で現在のしこ名を出していて、19番を決めた力士のうち関取は横綱の豊昇龍だけです。最も新しい家の島は東幕下52枚目、令和2年に決めた漣は西幕下13枚目です。引退した力士は「元」や引退場所が書かれています。
Q. 一本背負いを何度も決めた力士はいますか
A. 相撲レファレンスの記録では、豪風(十両1回・幕内2回)と、1986〜1987年に十両で3回決めた魄龍の3回が最多です。協会の集計期間では、赤虎が「表」の四股名だった令和3年1月場所と、令和5年3月場所の2回決めています。
Q. 「いっぽんせおい」と読むのは間違いですか
A. 相撲の決まり手は「いっぽんぜおい」と濁って読み、協会の決まり手一覧もデジタル大辞泉の見出しもこの読みです。柔道の正式名は「一本背負投」で、柔道の技解説サイトkdkjudo.orgは「いっぽんせおいなげ」と読みを付けています。
まとめ|一本背負いは、平成25年以降19回しか出ていない投げ手の大技
一本背負いは、相手の片腕を両手でつかみ、肩にかついで前に投げ倒す投げ手で、協会の集計では19回の珍しい技です。
協会の集計(全段・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番)では19回で、幕内は里山・豪風・豊昇龍の3回です。相撲レファレンスの全期間では84番、幕内は魁皇が武蔵丸を破った2000年の一番を含む8番です。柔道の一本背負投と名前は近くても、相撲では投げる途中で膝をつけば負けで、とったりや腰投げと見分けがつきにくい一番もあります。
決まり手の全体像は相撲の決まり手一覧【全82手+非技5】に、同じく珍しい決まり手は撞木反り・蹴手繰りに、引退した力士は引退力士一覧に、いまの力士は力士一覧にまとめています。
一本背負いは、協会が「あまり見ることの出来ない大技」と書くとおり、およそ1万番に1回しか記録されない技です。それでも記録には、序二段の取組から大関が横綱を破った一番まで、どの段の一本背負いも残っています。

