撞木反り(しゅもくぞり)とは、「たすき反り」と同じ形で入り、相手を肩にかつぎ上げてから後ろに反り倒す相撲の決まり手です。日本相撲協会が定める決まり手八十二手のうち「反り手」6手の1つです。協会の集計では、全段(幕内〜序ノ口)・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番で0回です。協会のクイズは、1929年9月場所9日目に常陸嶌が決めた一番を「唯一」の例としていて、相撲レファレンスの記録でも全段でこの1番だけです。2011年に学生相撲の宇良が決めたと紹介された一番は、紹介した大学の相撲部のブログ自身が「多分これは居反り」と書いています。
この記事でわかること
- 協会の2つの説明文と、「脇の下に頭を入れる・肩にかつぎ上げる・後ろに反る」の3コマ図
- 192,672番で0回という数字の範囲と、0回の5手・反り手6手の回数
- 「一度も出ていない」の起点が、協会の説明の中で3通りあること
- 1929年9月場所、常陸嶌が東関に勝った一番の記録
- 居反り・たすき反り・伝え反りなど反り手6手との違いの表と見分け図
- 宇良の2011年の一番の扱いと反り手の使い手
撞木反りとは|「たすき反り」と同じ形で入り、相手を肩にかつぎ上げて後ろに反り倒す反り手
撞木反り(しゅもくぞり)は相撲の決まり手で、たすき反りと同じ形で入り、相手を肩にかつぎ上げて後ろに反り倒す反り手です。
日本相撲協会の公式サイトは、撞木反りを次のように説明しています。
「たすき反り」と同じ形で入って、相手を肩にかつぎ上げてから後ろに反り倒して勝つ大技です!
説明はこの1文だけで、ほかに稽古場の写真が1枚あり、腰を落とした力士が相手を両肩の上に横向きにかつぎ上げています。
下の図は、協会の2つの説明文(詳細ページと子ども向けページ)を当サイトが3つの場面に分けたものです。腕の位置は協会の説明に無く、練習の手順ではありません。
協会の説明は2通りあり、キッズページは「たすき反り」に触れず動きを書く
協会の子ども向けページは、たすき反りに触れず、頭を脇の下に入れて肩に担ぎ上げる動きを順に書いています。
協会のキッズページ「おしえて八十二手」では、撞木反りの説明が画像の中の文字で次のように書かれています。
低く構えて頭を相手の脇の下に入れて肩の上に担ぎ上げ、体を反らして相手を後ろに落として勝つ大技です。
詳細ページは「たすき反り」を知っている人に向けた1文で、キッズページは動きを順に書いた1文です。2つを合わせると、頭を脇の下に入れる、肩の上にかつぎ上げる、体を反らして後ろに落とす、の順になります。
読みは「しゅもくぞり」、撞木は鐘を打ち鳴らす丁字形の棒
読みは「しゅもくぞり」で、撞木は鐘などを打ち鳴らすための丁字形の棒を指す言葉です。
協会の決まり手一覧の表記は「撞木反り(しゅもくぞり)」です。デジタル大辞泉は「撞木」を「仏具の一。鐘・鉦・磬を打ち鳴らす丁字形の棒。また、釣鐘を突く棒。」と説明しています(出典:コトバンク「撞木」)。同じページの精選版 日本国語大辞典の語誌は、「もともとは「鐘木」と書き」、のちに「鐘」とつくりが同じ「撞」の字を使う書き方が広まったと説明しています。
協会のサイトには、「撞木」という語の意味や技の名の由来を書いたページは見つかりませんでした。Wikipediaの「撞木反り」の項は、相手を肩に担ぎ上げた体勢が撞木に似ていることからこの名があると書いています(出典:Wikipedia「撞木反り」)。当サイトの読み解きでは、立つ力士の体と肩の上で横になった相手が、図の2コマ目のような丁字形になります。
英語ではbell hammer backwards body dropと訳される
英語版Wikipediaは、撞木反りを「bell hammer backwards body drop」と訳しています。
英語版Wikipediaの「Kimarite」の項は、反り手を「Backwards body drop techniques」とまとめ、撞木反りの訳に bell hammer(鐘を打つ道具)という語を使っています(出典:Wikipedia(英語版)「Kimarite」)。協会の英語サイトには決まり手のページが無く、協会としての英語表記は確かめられません。
なお、日本語版Wikipediaの冒頭の写真は「撞木反りの実演」と説明されていますが、英語版は同じ写真を外たすき反りの実演としています。
撞木反りはどれくらい出ているのか|協会の集計では192,672番で0回
協会の集計では、全段・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番で、撞木反りは0回です。
協会の決まり手ランキングには、「期間:平成二十五年一月場所~令和八年九月場所千秋楽」「取組数:192,672番を元に表示しています」と書かれています(出典:日本相撲協会「決まり手八十二手」)。 この数字が幕内だけでなく全段の数だと分かるのは、同じ集計の居反りやたすき反りの「で勝った力士」の一覧に、序ノ口から三段目の取組が並んでいるからです。撞木反りは0回のため、詳細ページには「多い力士」「で勝った力士」の表が出ません。
一覧では84位、0回は撞木反りを含む5手だけ
協会の一覧で撞木反りは84位ですが、これは0回の5手を連番で並べたうちの2番目という意味です。
一覧では回数が同じでも連番にするため、0回の5手に83位から87位が付いています。撞木反りの詳細ページでは順位の欄が空いています。
| 一覧の順位 | 技名 | 分類 | 回数 | 協会のクイズの補足 |
|---|---|---|---|---|
| 83位 | 褄取り | 掛け手 | 0 | 平成12年3月場所6日目に曙が土佐ノ海に決めている |
| 84位 | 撞木反り | 反り手 | 0 | 昭和10年以降、全取組で一度も登場していない |
| 85位 | 掛け反り | 反り手 | 0 | 昭和30年の制定以来出ていない3手の1つ |
| 86位 | 外たすき反り | 反り手 | 0 | 昭和19年1月場所に幕下の栃錦が決めている |
| 87位 | 外無双 | 捻り手 | 0 | ― |
0回の5手のうち3手が反り手です。外無双と対になる技は内無双で解説しています。
反り手6手は合計48回、うち3手が0回
反り手6手の回数は、協会の同じ集計で合計48回で、6手の半分にあたる3手が0回です。
| 技名 | 協会の順位 | 協会の回数 | 相撲レファレンスの全期間・全段 | うち幕内 |
|---|---|---|---|---|
| 居反り | 61位 | 20 | 57 | 5 |
| 撞木反り | 84位(0回の5手の2番目) | 0 | 1 | 1 |
| 掛け反り | 85位 | 0 | 0 | 0 |
| たすき反り | 67位 | 12 | 24 | 1 |
| 外たすき反り | 86位 | 0 | 0 | 0 |
| 伝え反り | 65位 | 16 | 29 | 6 |
相撲レファレンスの記録を当サイトが数えたところ、期間を協会の集計とそろえると6手とも協会の数と一致しました。全期間では撞木反りが1番だけあり、次の章の1929年の一番です。ただし1990年ごろより前の幕下以下は記録が薄い点に注意が要ります。
「一度も出ていない」の起点は協会の説明で3通りある
協会のクイズは、撞木反りが出ていない期間の起点を、制定以来・昭和10年・昭和30年の3通りで書いています。
| クイズ(掲載日) | 起点の書き方 | 原文 | 出ていないとされた技 |
|---|---|---|---|
| No.190(2022年7月17日) | 年を書かない | 日本相撲協会が決まり手を制定して以来、一度も登場していない最も珍しい決まり手です。 | 撞木反り |
| No.1029(2024年11月2日) | 昭和30年 | この3つは昭和30年に決まり手が制定されて以来一度も出ていない幻の決まり手となっています。 | 撞木反り・掛け反り・外たすき反り |
| No.1378(2025年10月17日) | 昭和10年(56手) | 昭和10年(1935)に協会が決まり手を56手に制定して以降、幕内・十両の取組はおろか、幕下以下の全取組で見ても、一度も登場していない決まり手であります。 | 撞木反りだけ |
辞書の書き方も分かれています。日本大百科全書(ニッポニカ)は1935年に56手、1955年に68手、1960年に70手に整理し、2001年に12手を足して82手になったと書き、ブリタニカ国際大百科事典は1960年に70手、2000年に12手を追加と書いています(出典:コトバンク「相撲」)。
撞木反りが決まり手に入った年を示す当時の資料は見つからず、当サイトは年を1つに決めていません。どの起点でも1929年の一番は起点より前で、起点より後の例を書く協会の説明はありません。
協会が「唯一」とする一番|1929年9月場所9日目、常陸嶌が東関に
協会のクイズは、1929年9月場所9日目に常陸嶌が決めた一番を、撞木反りの唯一の例としています。
過去の記録でも昭和4年(1929年)九月場所9日目に常陸嶌という力士が決めたのが唯一で、後にも先にもこれ一度きり。
クイズは相手や番付を書いていないため、取組の記録を集めた相撲レファレンスで確かめました。
相撲レファレンスの記録でも全階級で1番だけ
相撲レファレンスの記録に残る範囲でも撞木反りは全段で1番だけで、それがこの1929年の一番です。
記録では、昭和4年(1929年)9月場所9日目、東前頭10枚目の常陸嶋が、西前頭14枚目の東関に撞木反りで勝っています(出典:相撲レファレンス 撞木反りの取組検索)。四股名の字は、協会のクイズが「常陸嶌」、相撲レファレンスはこの場所の名を「常陸嶋朝吉」と記録していて、この記事では協会の表記に合わせています。
相撲レファレンスの記録では、常陸嶌はこの白星で5勝4敗とし、場所は5勝6敗で終えました。同じサイトの力士ページの体格は常陸嶌(出羽海部屋)が173センチ98キロ、東関(高砂部屋)が173センチ120キロで、軽いほうが重い相手をかつぎ上げた形です。
1990年ごろより前の幕下以下は記録が薄いため、「全段で1番」は記録に残る範囲での数です。
常陸嶌はこの場所4日目に「衣被ぎ」でも勝っている
常陸嶌は同じ場所の4日目にも、相撲レファレンスで「衣被ぎ」と記録された決まり手で大蛇山に勝っています。
この場所の常陸嶌は、4日目が衣被ぎ、5日目・7日目・8日目が渡し込み、9日目が撞木反りでした(出典:相撲レファレンス 常陸嶋 昭和4年9月場所)。ほかにも、今の決まり手八十二手には無い「反り」という名で、1929年5月場所初日に鳥ヶ峰、1931年1月場所2日目に錦洋に勝った記録があります。相撲レファレンスで常陸嶌の反り系の白星は、撞木反り1・反り2・衣被ぎ1の計4番です。
Wikipediaは、この「衣被き」も撞木反りに含まれる特定の形だと言われていると書いていますが、その文には「要出典」が付いています。当サイトはこの説を確かめられていません。
決まり手を定める前の一番で、当時の分類は確かめられない
1929年は協会が決まり手を定めた年より前なので、この一番が当時どの名で記録されたかは確かめられていません。
協会のクイズNo.1378は、決まり手を56手に定めたのを昭和10年(1935年)としています。1929年はそれより6年前です。相撲レファレンスはこの一番を「撞木反り」と記録していますが、決まり手を定める前の取組をどの資料に基づいて分類したかは、検索結果のページに説明がありません。
Wikipediaは、明治33年(1900年)の『新編相撲叢話』が撞木反りを花相撲以外では滅多に出ない技としたと紹介していますが、当サイトは原本を確かめていません。1929年に撞木反りが決まったと言えるのは、協会のクイズと相撲レファレンスの記録の上でのことです。
撞木反りと居反り・たすき反り・伝え反りの違い|入り方と担ぎ上げ方
協会の詳細ページで、相手を肩にかつぎ上げてから反ると書かれているのは、反り手6手のうち撞木反りだけです。
| 技名 | 協会の説明(詳細ページの原文) | 入り方の手がかり |
|---|---|---|
| 居反り | 腰を低く落とし、相手が上にのしかかるようにしてきたとき、両手で相手のひざのあたりを抱えるか、押し上げて後ろに反って相手を倒して勝ちます。 | のしかかる相手の下から |
| 撞木反り | 「たすき反り」と同じ形で入って、相手を肩にかつぎ上げてから後ろに反り倒して勝つ大技です! | 肩にかつぎ上げてから反る |
| 掛け反り | 相手の差し手のわきの下に自分の頭を入れ、足を踏み込んで切り返すように後ろへ倒すか、「外掛け」で反り倒して勝ちます! | 頭を入れて足を使う |
| たすき反り | 相手の差し手のひじを抱えて、その腕の下をもぐり込んで腰を落とし、一方の手で相手の足を内側から取って、たすきを掛けるようにして相手を後ろに反って倒して勝ちます! | 足を内側から取る |
| 外たすき反り | 相手の差し手を抱え、上からもう一方の手を相手の差し手の方の内股に入れ自分の体を反らせて倒して勝ちます! | 上から内股に手を入れる |
| 伝え反り | 相手の脇の下をくぐり抜けながら自分の体を後ろに反らせて、相手を倒して勝ちます! | 脇の下をくぐり抜ける |
下の図は、表4の説明文から当サイトが作った見分けの目安です。協会の判定の基準ではありません。
たすき反りとの違いは「肩にかつぎ上げてから反る」こと
詳細ページの文言では、たすき反りは足を取ってそのまま反り、撞木反りはさらに肩へかつぎ上げてから反ります。
撞木反りの説明は「「たすき反り」と同じ形で入って」で始まるので、入り方はたすき反りと同じです。たすき反りは、相手の差し手のひじを抱えて腕の下にもぐり込み、もう一方の手で相手の足を内側から取って反ります。撞木反りは、そこから相手を肩の上まで上げる段が加わります。
ただし協会のキッズページは、たすき反りについても「相手を肩に担ぎながら体を反らせて後ろに落として勝ちます。」と書いています(出典:日本相撲協会「おしえて八十二手」)。肩に担ぐかどうかだけで2つを分けられるとは言い切れません。Wikipediaは、襷反りは相手を肩に担ぎ上げないのに対し、撞木反りは完全に担ぎ上げて後ろへ落とす技だと区別しています。当サイトの読み解きでは、相手の体が肩の上で横向きになるまで担ぎ切ったかどうかが目安です。
居反りは下から押し上げ、伝え反りは脇の下をくぐり抜ける
居反りはのしかかる相手のひざを抱えるか押し上げて反り、伝え反りは脇の下をくぐり抜けながら反ります。
居反りは協会の集計で20回と、反り手で最も多い技です。相撲レファレンスの記録では関取の居反りは幕内5番・十両2番で、1937年1月場所には大関の鏡岩が横綱の男女ノ川に決めています。十両以上の最後は2020年11月場所の宇良です。
伝え反りは、相撲レファレンスの記録では幕内6番のうち4番が宇良です。協会のクイズNo.250は、宇良が宝富士に決めた伝え反りを、幕内では平成14年9月場所に朝青龍が貴ノ浪に決めて以来、20年ぶり2度目の珍しい決まり手と紹介しました。
掛け反り・外たすき反りも同じ期間で0回
掛け反りと外たすき反りも、協会の同じ集計(全段・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番)で0回の反り手です。
掛け反りの説明には「切り返すように」とあり、切り返しに近い動きが入っています。
協会のクイズNo.1029は撞木反り・掛け反り・外たすき反りの3つを「幻の決まり手」としましたが、No.1378は昭和10年以降一度も出ていないのは「この「撞木反り」のみ」と書いています。掛け反りが出た場所は協会のサイトに見当たらず、相撲レファレンスの記録では2手とも全期間で0番です。
なぜ撞木反りは出ないのか|決まり手係の「無理」とけがのリスク
報道は、決まり手係の親方が「無理」と断言するほどの難しさと、けがのリスクの大きさを理由に挙げています。
協会自身は理由を説明しておらず、以下は報道と事典の記述です。
NHKの取材に決まり手係の大山親方は「無理」と断言した
2018年のNHKの記事は、決まり手係の大山親方が「無理」と断言するほど難しい技として撞木反りを紹介しました。
決まり手係の大山親方が「無理」と断言するほど難しい撞木反り。
出典:NHKスポーツ「大相撲 幕内で一度も使われたことのない大技を発見!」(2018年9月11日・Web Archiveの保存版)
記事は昭和30年以降62年間の幕内の取組を手作業で集計し、幕内で一度も出ていない決まり手を6つ挙げ、撞木反りを幕下や十両でも滅多に見られない技として紹介しています。
反り技はけがのリスクで仕掛けられなくなったとnippon.comは書く
nippon.comの解説記事は、反り技はけがのリスクが大きすぎて、本場所でめったに仕掛けられなくなったと書いています。
けがのリスクが大きすぎるため、本場所で仕掛けられることはめったになくなってしまった。
日本大百科全書(ニッポニカ)の「相撲」の項も、反り手の例に「しゅもく(撞木)反り」を挙げたうえで、「反り技は動きの早くなった近年の相撲ではあまりみられない。」と書いています。当サイトの読み解きでは、撞木反りは相手を肩の上まで浮かせる段が1つ多く、その間は相手の体重を自分の体だけで支えます。けがの危険と結びつけて語られる決まり手には、ほかに鯖折りがあります。
プロレスのバックフリップに近い形とNHKは紹介した
NHKの記事は、撞木反りの形を、プロレス技のひとつであるバックフリップと同じだと紹介しました。
記事は撞木反りを「頭を相手のわきの下に入れ、肩の上に担ぎ上げ、体をそらして相手を後ろに落として勝つ大技」と説明し、「それはまさしく、プロレス技のひとつ、バックフリップだったのです!」と続けています。Wikipediaは、似た技としてレスリングの飛行機投げ、プロレスのアングル・スラム、後ろに反り倒す形の柔道の肩車を挙げています。
協会の大相撲クイズNo.711は、プロレスのブレーンバスターを相撲でやっても反則にならない技として出題し、「ブレーンバスターは反則ではありませんが、まず無理でしょうね。」と解説しました(出典:日本相撲協会「大相撲クイズ No.711」)。決まれば「反り技」になりそうだとも書いています。
宇良は撞木反りを決めたのか|2011年の学生相撲は「多分居反り」
大相撲の本場所で宇良が撞木反りを決めた記録は無く、2011年の学生相撲の一番も部のブログ自身が居反りと見ています。
協会のクイズNo.1295は「宇良と言えば「反り手」。」と書いています。宇良の経歴は宇良とは?木瀬部屋の技巧派力士にまとめています。
関学相撲部のブログ自身が「撞木反り」ではないと書いた
2011年の一番を紹介した関西学院大学相撲部のブログは、同じ記事の中で「多分これは居反り」と書いています。
ブログは2011年11月8日の記事で、当時1年生の宇良が「撞木反り」で勝ったと動画つきで紹介しました。そのうえで、次のように書いています。
しかもよく見ると「撞木反り」ではありません。(中略)・・・でも多分これは居反りですね。
Wikipediaは、この一番を2011年11月6日の第89回全国学生相撲選手権大会、団体戦準決勝の関西学院大学-法政大学としています。一方、取組を撮影した写真家のブログは、11月5日のBクラス決勝トーナメント準決勝の大将戦と書いていて、日付が食い違います。当サイトは動画で技を判定しておらず、撞木反りだったとは書きません。
大相撲の本場所では居反り1・たすき反り1・伝え反り4
宇良が本場所で決めた反り手は協会の集計で6番、居反り1・たすき反り1・伝え反り4で、撞木反りは0です。
| 場所・日目 | 決まり手 | 宇良の番付 | 相手 |
|---|---|---|---|
| 平成29年1月場所13日目 | たすき反り | 東十両3枚目 | 天風 |
| 令和2年11月場所5日目 | 居反り | 東十両13枚目 | 旭秀鵬 |
| 令和4年9月場所4日目 | 伝え反り | 西前頭3枚目 | 宝富士 |
| 令和6年1月場所千秋楽 | 伝え反り | 西小結 | 竜電 |
| 令和7年1月場所4日目 | 伝え反り | 西前頭4枚目 | 高安 |
| 令和7年5月場所11日目 | 伝え反り | 東前頭5枚目 | 高安 |
2017年のたすき反りについて、宇良は「名前が残ればいい」と話したとNHKのニュースを引いて伝えられています(出典:Japaaan(2017年1月21日))。同じ記事は、十両以上のたすき反りは昭和30年夏場所以降で初めてと書いています。
反り手で勝っているのは朝氣龍・聡ノ富士など少数の力士
協会の集計で反り手の白星は48回あり、朝氣龍8・聡ノ富士7・宇良6の3人で21回を占めます。
| 力士 | 居反り | たすき反り | 伝え反り | 計 | 番付(協会の表記) |
|---|---|---|---|---|---|
| 朝氣龍 | 3 | 1 | 4 | 8 | 東三段目四十四枚目 |
| 聡ノ富士 | 4 | 3 | 0 | 7 | 元幕下五十五枚目(令和7年5月場所引退) |
| 宇良 | 1 | 1 | 4 | 6 | 東前頭九枚目 |
| 海乃島(福山) | 2 | 2 | 0 | 4 | 元幕下九枚目(令和7年1月場所引退) |
| 山藤 | 2 | 1 | 1 | 4 | 東三段目十二枚目 |
協会の集計で、反り手の最も新しい白星は令和8年7月場所中日の朝氣龍の居反りです。協会の集計期間では、居反りとたすき反りで十両以上の白星は宇良の2番だけで、ほかはすべて幕下以下です。現役の関取は現役力士一覧、聡ノ富士や海乃島のように土俵を去った力士は引退した力士一覧で調べられます。
相撲以外の「撞木」|仏具の撞木・撞木鮫と自治体のマスコット
「撞木」だけで調べると、鐘を打ち鳴らす仏具の撞木や、頭が丁字形の撞木鮫など、相撲以外の意味が中心です。
精選版 日本国語大辞典は「撞木」に鐘を打つ棒・撞木杖・撞木鮫の略など7つの意味を載せていますが、相撲の技の意味は入っていません。撞木鮫はデジタル大辞泉で「頭部が左右に突き出て丁字形をし、その両端に目がある」サメの総称とされ、世界に9種、日本近海に3種がいます(出典:コトバンク「撞木鮫」)。
埼玉県入間市の公式Xは2024年4月12日、市のマスコット「いるティー」のアニメの告知で撞木反りを取り上げ、「とてもレアな技ですが、皆さん知ってましたかー?」と書きました(出典:入間市公式X(2024年4月12日))。
撞木反りについてよくある質問
Q. 撞木反りは本当に一度も出ていないのですか
A. 協会のクイズは、1929年9月場所9日目に常陸嶌が決めた一番を唯一の例としています。協会の集計(全段・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番)では0回です。「一度も出ていない」は、決まり手を定めた年を起点にした言い方で、協会の説明でも起点の書き方が昭和10年・昭和30年などに分かれています。No.1378は「令和7年九月場所時点」の問題で、それ以後は協会の集計の0回で確かめられます。
Q. 撞木反りとたすき反りはどう見分けますか
A. 協会の詳細ページでは、撞木反りだけが「肩にかつぎ上げてから」反ると書かれています。入り方はたすき反りと同じです。ただし子ども向けページはたすき反りも「肩に担ぎながら」反ると書くため、当サイトは、相手の体が肩の上で横向きになるまで担ぎ切ったかを目安にしています。新しく撞木反りが出たかを確かめるなら、協会の決まり手ランキングで撞木反りの回数が0から変わったかを見るのが確実です。
Q. 撞木反りの読み方と英語は
A. 「しゅもくぞり」と読みます。英語版Wikipediaの「Kimarite」の項は bell hammer backwards body drop と訳しています。協会の英語サイトには決まり手のページが無く、協会の英語表記は確かめられません。取組の記録を集めた相撲レファレンスは、ローマ字で shumokuzori と書いています。
Q. 宇良は撞木反りを決めたことがありますか
A. 大相撲の本場所で宇良が撞木反りを決めた記録はありません。2011年の学生相撲の一番は「撞木反り」と紹介されましたが、紹介した関西学院大学相撲部のブログ自身が「多分これは居反り」と書いています。本場所で決めた反り手は居反り1・たすき反り1・伝え反り4です。協会のクイズNo.811は、宇良が後ろもたれで勝った一番を、たすき反りを仕掛けて反り倒せず、そのまま後ろ向きに押し出した形と解説しています。
Q. 撞木反りは反則(禁じ手)ですか
A. 大相撲では反則ではなく、決まり手八十二手の反り手の1つです。協会の大相撲クイズNo.711が挙げる「審判規則 禁手反則」の8項目は、握り拳で殴ること・頭髪をつかむこと・胸や腹を蹴ることなどで、相手をかつぎ上げて反る動きは入っていません。Wikipediaは、日本相撲連盟の規程を出典に、アマチュアの中学生以下では禁じ手だと書いていますが、当サイトは規程の原文を確かめていません。
Q. 撞木反りの「撞木」とは何ですか
A. 鐘などを打ち鳴らす丁字形の棒のことで、デジタル大辞泉は「仏具の一」としています。もとは「鐘木」と書いたと精選版 日本国語大辞典は説明しています。技の名との関係は、相手を肩に担いだ体勢が撞木に似ているからだとWikipediaが書いていて、協会は由来を説明していません。「しもく」という古い読みもあり、日本国語大辞典は宇治拾遺物語(1221年ごろ)の用例を載せています。
まとめ|撞木反りは、決まり手を定めてから一度も出ていない反り手
撞木反りは、たすき反りと同じ形で入り、相手を肩にかつぎ上げてから後ろに反り倒す反り手です。
協会の集計(全段・平成25年1月場所〜令和8年9月場所千秋楽の192,672番)では0回です。協会のクイズが唯一とする例は1929年9月場所9日目の常陸嶌-東関で、相撲レファレンスの記録でも全段でこの1番だけです。宇良の2011年の一番は、紹介した部のブログ自身が居反りと見ています。
決まり手の全体像は相撲の決まり手一覧【全82手+非技5】に、同じく珍しい決まり手は内無双・蹴手繰りに、土俵際で体を反らして投げる技はうっちゃりにまとめています。
撞木反りは決まり手の名前としては八十二手に残りながら、記録の上では1929年の1番だけが知られる技です。決まり手係の親方が「無理」と言い、事典が「近年の相撲ではあまりみられない」と書く反り技の中でも、撞木反りはたすき反りの形から肩の上まで担ぎ切る段が1つ多い技です。

