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朝日山親方とは?元関脇・琴錦の年齢・本名と成績|史上初の平幕優勝2回、鎌ケ谷の朝日山部屋の師匠

朝日山親方とは?元関脇・琴錦の年齢・本名と成績|史上初の平幕優勝2回、鎌ケ谷の朝日山部屋の師匠

朝日山親方(あさひやま おやかた)は、元関脇・琴錦が名乗る年寄名です。本名は松澤英行、1968年6月8日生まれの58歳で、群馬県高崎市の出身。現役時代は佐渡ヶ嶽部屋で「F1相撲」と呼ばれた速攻を武器に、平幕で2度優勝しました。2016年に千葉県鎌ケ谷市で朝日山部屋を興した師匠で、日本相撲協会では指導普及部に属し、NHK大相撲中継の解説でも声を聞くことがあります。

この記事の数字と「今」について

朝日山親方は元関脇・琴錦(本名 松澤英行)で、高砂部屋の力士「朝乃山」とは別の人です。プロフィールと通算成績・受賞歴は日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」の値、部屋の力士と番付は日本相撲協会公式「朝日山部屋」の紹介ページで2026年10月30日に確かめた内容です。協会が日付を出していないこと(朝日山の襲名日、三賞の場所ごとの内訳など)は、出典を名指しして書いています。

この記事でわかること

  • 朝日山親方の年齢・出身・本名と、琴錦との関係
  • いまの役目(部屋の師匠・指導普及部・中継の解説)
  • 朝日山部屋の場所と所属力士6人、稽古見学の注意
  • 先代の朝日山(元大関大受)と旧朝日山部屋の閉鎖
  • 引退から15年余り、名跡を借りて協会に残った道のり
  • 平幕優勝2回・三賞18回・金星8個の現役時代
目次

朝日山親方とは|元関脇・琴錦、58歳・群馬県高崎市出身のプロフィール

朝日山親方は元関脇・琴錦が名乗る年寄名で、1968年6月8日生まれの58歳、群馬県高崎市出身です。

協会公式の年寄プロフィールに載っている基本情報は次のとおりです。和暦の日付には西暦を添えています。

項目内容
年寄名朝日山 宗功(あさひやま)
本名松澤 英行
現役のしこ名琴錦 功宗(ことにしき かつひろ)
しこ名履歴松沢 → 琴松沢 → 琴錦
生年月日1968年(昭和43年)6月8日(2026年10月30日時点で58歳)
出身地群馬県高崎市
現役の所属部屋佐渡ヶ嶽部屋
身長・体重(現役)176.0cm・131.5kg
得意技突き・押し
最高位関脇
初土俵1984年(昭和59年)3月場所
引退2000年(平成12年)9月場所
協会での立場委員・指導普及部(朝日山部屋の師匠)

※出典:日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」・日本相撲協会公式「理事会・職務分掌」(2026年10月30日取得)

朝日山部屋の師匠として、協会の日本相撲協会公式「年寄一覧」には「朝日山 宗功/松澤 英行/朝日山/琴錦/関脇」と1行で載っています。現役の関取の読み方や所属は現役力士一覧にまとめています。

朝日山宗功・琴錦功宗・松澤英行は同じ人

朝日山宗功は年寄名、琴錦功宗は現役のしこ名、松澤英行は本名で、3つとも同じ人を指します。

名前読み使われた場面
松沢・琴松沢まつざわ・ことまつざわ入門から琴錦になるまでのしこ名
琴錦 功宗ことにしき かつひろ現役のしこ名(1984年〜2000年)
朝日山 宗功あさひやま年寄名。「朝日山親方」
松澤 英行—本名。協会のお知らせで使われる

※出典:日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」・日本相撲協会公式のお知らせ(平成28年5月26日 理事会)(2026年10月30日取得)

年寄名の下の名前「宗功」は、しこ名の「功宗」の字を入れ替えたものです。辞書のコトバンクは本名を「松沢英行」と書いていますが、この記事は協会の「松澤」に合わせています。

群馬県高崎市(旧箕郷町)の出身

出身は群馬県高崎市で、地元紙の上毛新聞は合併前の旧箕郷町の出身と紹介しています。

協会公式の出身地は「群馬県高崎市」です。上毛新聞の連載「心の譜 元琴錦 朝日山宗功親方」は、2017年6月から7月に30回にわたって、入門から部屋の再興までを本人の語りで連載しました。地域情報サイトの地域情報サイト チイコミ(2025年5月8日)も「高崎市(旧・箕郷町)生まれ」と紹介しています。

朝日山親方は今何をしている?|朝日山部屋の師匠、協会では指導普及部

鎌ケ谷市の朝日山部屋で弟子を育てる師匠で、協会では委員として指導普及部に属しています。

協会の日本相撲協会公式「理事会・職務分掌」では、朝日山親方は「委員」の区分にあり、職務は指導普及部です(2026年10月30日取得)。協会での主な役目の移り変わりは次のとおりです。

時期役目・できごと出典
2016年6月1日朝日山部屋を新設し、師匠になる協会のお知らせ
2018年退職した貴乃花親方に代わって審判部へYahoo!ニュース エキスパート
2022年11月協会のクイズで「審判部の親方」として紹介協会公式
2025年1月場所まで審判部を約6年半務めるYahoo!ニュース エキスパート
2025年〜指導普及部に移る同上・協会の職務分掌
2026年10月委員・指導普及部(職務分掌)協会公式

※出典:日本相撲協会公式のお知らせ(平成28年5月26日 理事会)・Yahoo!ニュース エキスパート(飯塚さき)の取材記事・協会公式の大相撲クイズ(2022年11月)・日本相撲協会公式「理事会・職務分掌」(2026年10月30日取得)

審判部を約6年半務め、2025年から指導普及部

2018年から審判部で土俵下の審判を務め、2025年の初場所を最後に指導普及部へ移りました。

Yahoo!ニュース エキスパート(飯塚さき)の取材記事によると、朝日山親方は2018年に退職した貴乃花親方に代わって審判部に入り、「先の初場所まで約6年半」務めて指導普及部へ異動しました。審判部は4つの班に分かれ、審判歴の長い順に班長が決まり、親方は異動前に班の3番手だったと話しています。審判の仕事には取組の編成や土俵祭、番付編成会議もあり、「稽古場でも勝ち負けを見ちゃうようになりました」とも語っています。協会公式の大相撲クイズ(2022年11月)でも、浦風親方・大鳴戸親方と並ぶ「審判部の親方」として写真で紹介されていました。

NHK中継やABEMA、「がっぷり総見」の解説

NHK大相撲中継の向正面などで解説を務めるほか、ABEMAやBSフジの番組にも出ています。

産経新聞のニュースサイト iza(2025年11月18日)は、2025年11月17日の九州場所9日目にNHK総合で向正面の解説を務めた様子を伝えています。正面解説の境川親方(元小結両国)に現役時代の速さを褒められると「親方には通用しませんでしたよ」と返し、時疾風に寄り切られた藤ノ川については「攻めあぐねてしまったんですよね」と話しました。ABEMA TIMES(2019年10月24日)はABEMAの中継での解説を、BSフジのがっぷり総見では出演者として紹介しています。ほかの解説者の顔ぶれは大相撲の解説者一覧で確かめられます。

朝日山部屋とは|2016年に尾車部屋から独立した鎌ケ谷市の部屋

朝日山部屋は2016年6月1日付で新設された部屋で、尾車部屋から親方と弟子3人が移ってできました。

協会は2016年5月26日の理事会の発表で「平成28年6月1日付にて年寄 朝日山が相撲部屋を新設いたします」と伝え、尾車部屋から年寄の朝日山(松澤英行)と、朝日錦・朝日国・朝日龍の力士3人が移るとしました(日本相撲協会公式のお知らせ(平成28年5月26日 理事会))。部屋の基本は次のとおりです。

項目内容
師匠朝日山 宗功(元関脇・琴錦)
新設2016年(平成28年)6月1日付
できた経緯尾車部屋から年寄1人・力士3人が移って新設
所在地千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山2-1-5
最寄り駅京成松戸線 くぬぎ山駅(Wikipediaの記載)
所属力士6人(幕下1・三段目2・序二段2・序ノ口1)
関取いない(2026年10月時点)
部屋付きの行司・呼出三役行司 式守勘太夫・呼出 天琉
千葉県のほかの部屋佐渡ヶ嶽部屋・阿武松部屋

※出典:日本相撲協会公式のお知らせ(平成28年5月26日 理事会)・日本相撲協会公式「朝日山部屋」の紹介ページ・Wikipedia「朝日山部屋」(2026年10月30日取得)

地域情報サイト チイコミ(2025年5月8日)によると、鎌ケ谷市を選んだのは現役時代から市の人たちと交流があったからで、親方は「鎌ケ谷市出身の力士を育てたい」と話しています。部屋では礼儀・稽古・清潔・自覚の「力士心得4カ条」を大事にしているそうです。号外NETは「鎌ケ谷市唯一の相撲部屋」と紹介しています(号外NET 鎌ケ谷・白井・印西(2026年6月21日))。

所属力士は6人、関取はまだいない

2026年10月30日に協会の部屋ページで確かめた所属力士は6人で、いちばん上は幕下の白月狼です。

地位番付しこ名
幕下東44枚目白月狼
三段目西19枚目悠錦
三段目西48枚目白蛇
序二段西25枚目志摩錦
序二段西42枚目安芸錦
序ノ口西8枚目大國山

※出典:日本相撲協会公式「朝日山部屋」の紹介ページ(2026年10月30日取得。ページに番付の場所名は書かれていない)

協会の部屋ページで確かめた2026年10月30日時点で、朝日山部屋に関取(十両以上)はいません。番付がいちばん上なのはモンゴル出身の白月狼で、NHKニュース(2026年7月24日)は2026年7月の名古屋場所で序二段を7戦全勝で制し、前の場所の序ノ口に続く連続優勝だったと伝えています。番付の仕組みは番付とはで解説しています。

稽古見学は事前の問い合わせが前提

稽古見学の決まった受付はなく、親方は事前に問い合わせてほしいと話しています。

地域情報サイト チイコミ(2025年5月8日)の取材では、朝稽古は午前7時に始まり11時ごろまで続きました。見学については、親方が「外国からの見学申し込みが多くて難しいです。事前の問い合わせをお願いします」と答えています。2026年6月8日には後援会の企画で稽古見学会が開かれ、参加者にちゃんこがふるまわれました(号外NET 鎌ケ谷・白井・印西(2026年6月21日))。部屋の近況は朝日山部屋の公式Xと公式Instagramで発信されています。

見学に行く前に

朝日山部屋に決まった見学の受付はありません。親方の言葉どおり、いきなり訪ねず、部屋に問い合わせて了解をもらってから出かけてください。

伊勢ヶ濱一門の部屋

朝日山部屋は伊勢ヶ濱一門に属し、親方も審判部では一門の担当として巡業を受け持ちました。

Yahoo!ニュース エキスパート(飯塚さき)の取材記事で親方は、審判部は5つの一門から4人ずつ選ばれ、「親方の所属した伊勢ヶ濱一門」では自身が秋巡業を担当したと話しています。Wikipedia「朝日山部屋」は、再興した2016年には二所ノ関一門で、2017年1月12日の一門会で伊勢ヶ濱一門への移籍が認められたと書いています。同じ一門の部屋は伊勢ヶ濱部屋とはで紹介しています。

「朝日山」の名跡と先代|先代は元大関大受、旧朝日山部屋は2015年に閉鎖

先代の朝日山は元大関大受で、旧朝日山部屋は2015年2月に閉じ、元琴錦は名跡だけを継ぎました。

協会のお知らせによると、2015年2月1日付で、旧朝日山部屋の年寄 朝日山(堺谷利秋)と力士4人を含む8人が伊勢ヶ濱部屋へ、若者頭・呼出・床山の3人が浅香山部屋へ移りました(日本相撲協会公式のお知らせ(平成27年2月1日付の転属))。堺谷利秋は、協会の歴代大関の記録にある大関大受の本名です(日本相撲協会公式「歴代大関 大受 久晃」)。名跡と部屋の流れを並べると次のようになります。

時期できごと出典
1973年9月〜1974年5月大受が大関在位(高島部屋)協会公式の歴代大関
2015年2月1日旧朝日山部屋の所属員が伊勢ヶ濱部屋・浅香山部屋へ移る協会のお知らせ
2015年3月18代朝日山(大受)が停年Wikipediaの名跡表
2016年1月6日元琴錦が朝日山を襲名(19代)Wikipedia(時事通信の報道を出典に記載)
2016年6月1日元琴錦が尾車部屋から独立し、朝日山部屋を新設協会のお知らせ

※出典:日本相撲協会公式のお知らせ(平成27年2月1日付の転属)・日本相撲協会公式「歴代大関 大受 久晃」・日本相撲協会公式のお知らせ(平成28年5月26日 理事会)・Wikipedia「朝日山部屋」(2026年10月30日取得)

旧部屋の力士4人は伊勢ヶ濱部屋へ

旧朝日山部屋の力士4人は伊勢ヶ濱部屋へ移っており、今の朝日山部屋には来ていません。

協会のお知らせ(日本相撲協会公式のお知らせ(平成27年2月1日付の転属))の転属先は、伊勢ヶ濱部屋へ年寄2人・力士4人(三段目1・序二段3)・世話人・床山の8人、浅香山部屋へ若者頭・呼出・床山の3人です。一方、2016年に新しい朝日山部屋へ移ったのは尾車部屋の力士3人でした(日本相撲協会公式のお知らせ(平成28年5月26日 理事会))。部屋の顔ぶれは別で、元琴錦が継いだのは「朝日山」という年寄の名跡です。伊勢ヶ濱部屋の側から見た受け入れの経緯は伊勢ヶ濱部屋の記事にあります。

朝日山は長い歴史を持つ名跡

朝日山は19世紀から続く名跡で、元琴錦はWikipediaの名跡表で19代目、歴代には横綱大錦もいます。

Wikipedia「朝日山部屋」によると、朝日山部屋は1896年に11代朝日山(元前頭岩ヶ谷)が復興し、その後の師匠には12代の横綱大錦、13代の大関二タ瀬川らが名を連ねます。協会のページには代数の記載がないため、代数はWikipediaの記載として紹介します。

朝日山を名乗るまで|引退から15年余り、6つの名跡を借りて協会に残った

引退後は自分の名跡を持たず、若松・竹縄・浅香山など6つの名跡を借りて協会に残りました。

協会の年寄プロフィールには、引退後に名乗った年寄名が順に載っています。日付は協会のページにないため、時期はWikipedia「琴錦功宗」の「年寄変遷」から添えました。

順年寄名時期(Wikipediaの記載)
1琴錦(準年寄)2000年9月〜2002年9月
2若松2002年9月〜2003年9月
3竹縄2003年9月〜2007年7月
4浅香山2007年7月〜2009年1月
5荒磯2009年1月〜2009年9月
6秀ノ山2009年9月〜2014年1月
7中村2014年1月〜2016年1月
8朝日山2016年1月〜

※出典:日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」(順番)・Wikipedia「琴錦功宗」(時期)(2026年10月30日取得)

借株の時代と「待望の年寄名跡」

名跡を借りて協会に残る日々が15年余り続き、上毛新聞は朝日山の襲名を「待望の年寄名跡」と見出しにしました。

年寄名跡は数に限りがあり、自分の名跡を持たない親方は、空いている名跡を借りて協会に残ります。上毛新聞の連載「心の譜 元琴錦 朝日山宗功親方」の第28回の見出しは「待望の年寄名跡」で、朝日山の襲名に感慨を語った回です。Wikipedia「琴錦功宗」は、引退から15年4か月、47歳で初めて自分の名跡を得たと書いています。引退後の進路の決まりは引退した力士一覧でも触れています。

現役・琴錦の歩み|群馬から佐渡ヶ嶽部屋へ、「F1相撲」で関脇に

1984年3月に15歳で初土俵を踏み、1990年11月に関脇へ上がりました。速攻の「F1相撲」で知られます。

協会公式の記録と、Wikipediaの場所別成績から読み取った番付の節目は次のとおりです。

時期番付・できごと成績
1984年3月初土俵(佐渡ヶ嶽部屋)—
1988年3月新十両(西12枚目)4勝11敗で幕下へ
1988年9月十両に戻る10勝5敗
1989年5月新入幕(西前頭14枚目)8勝7敗
1990年9月新三役(東小結)9勝6敗
1990年11月新関脇(西)10勝5敗
1991年9月東前頭5枚目で初優勝13勝2敗
1998年11月西前頭12枚目で2度目の優勝14勝1敗
2000年5月十両へ(幕内66場所で途切れる)休場
2000年9月東十両筆頭。8日目に引退を表明1勝6敗

※出典:日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」(初土俵・新十両・新入幕・新三役・引退の場所)・Wikipedia「琴錦功宗」(場所ごとの番付と成績)・時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」(2026年10月30日取得)

もろ差しの出足と突き押しの「F1相撲」

もろ差しからの一気の出足と速い突き押しが持ち味で、時事通信はこれを「F1相撲」と評しています。

時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」は琴錦の取り口を「F1相撲」と呼ばれた鋭い攻めと書き、もろ差しからの一気の出足と突き押しを武器にしたと伝えています。協会の年寄プロフィールでは得意技は「突き・押し」で、同じページに載る現役時代の決まり手の割合は寄り切り43%、叩き込み19%、押し出し14%、その他24%です(日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」。集計の対象はページに書かれていない)。

若貴・曙と戦った時代

貴乃花・若乃花・曙らと同じ時代に土俵に上がり、本人は貴乃花との対戦を21勝21敗と振り返っています。

東京スポーツ(2024年4月12日)で本人は、貴乃花との対戦は21勝21敗だったと語り、曙とは幕内で40回戦ったと伝えています。曙の訃報に際しては「若貴時代の立役者だよ」と悼み、1991年初場所から1992年春場所にかけて曙に7連勝したこともあったと日刊スポーツ(2024年4月11日)は書いています。歴代の横綱は横綱とはにまとめています。

けがで十両へ落ち、2000年秋場所で引退

2000年春場所に右ひじを痛めて十両へ落ち、秋場所8日目に32歳で引退を表明しました。

時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」によると、2000年春場所中に右ひじを痛めて途中休場し、66場所続いた幕内から落ちました。秋場所は東十両筆頭で7日目まで1勝6敗、7日目の敷島戦で逆転の突き落としに敗れた翌日の9月10日に引退を表明し、「気力、体力の限界を感じた」「悔いなく相撲人生を終えたのでホッとしている」と話しました。

平幕優勝2回は史上初|1991年秋場所と1998年九州場所

平幕のまま2度優勝したのは琴錦が史上初で、時事通信もそう伝えています。

協会の記録では幕内優勝は2回(日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」)。どちらも前頭の地位での優勝でした。時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」は「史上初の2度の平幕優勝」と書き、Wikipedia「琴錦功宗」は2026年5月時点でもほかに例がないとしています。

場所番付成績できごと
1991年9月(秋場所)東前頭5枚目13勝2敗関脇から落ちた翌場所に初優勝
1998年11月(九州場所)西前頭12枚目14勝1敗13日目に横綱貴乃花を破る。初優勝から43場所後

※出典:日本相撲協会公式「年寄プロフィール 朝日山 宗功」(優勝回数)・時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」・Wikipedia「琴錦功宗」(場所と成績)(2026年10月30日取得)

1991年秋場所は関脇から落ちた翌場所

Wikipediaの場所別成績では、関脇で4勝11敗の翌場所、前頭5枚目に落ちた秋場所で13勝2敗の初優勝でした。

Wikipedia「琴錦功宗」の場所別成績では、1990年九州場所から関脇を5場所続け、5場所目の名古屋場所で4勝11敗となり、翌秋場所は東前頭5枚目でした。そこで13勝2敗の初優勝と敢闘賞を手にし、翌九州場所も小結で12勝3敗を挙げています。

1998年九州場所は43場所ぶりの優勝

7年余り後の1998年九州場所は前頭12枚目で14勝1敗、当サイトで数えて初優勝から43場所ぶりでした。

当サイトで数えると、1991年9月から1998年11月までは43場所です(年6場所で数えた値)。時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」によると13日目には横綱貴乃花を破っており、この白星は金星にもなりました。この場所では殊勲賞と技能賞も受けています(Wikipedia「琴錦功宗」)。九州場所の会場や日程は九州場所の記事で案内しています。

三役34場所でも大関には届かなかった

関脇と小結に合わせて34場所務めましたが、時事通信によるとけがが重なり大関には上がれませんでした。

時事ドットコム「土俵に別れを告げた日」は「三役在位34場所を誇りながら、度重なるけがで大関昇進を果たせず」と書いています。辞書のコトバンク(日本人名大辞典+Plus)も三役在位34場所としています。大関に上がる目安は大関とはで解説しています。

通算成績と三賞・金星|663勝、三賞18回、金星8個

生涯成績は663勝557敗58休で、三賞は殊勲7・敢闘3・技能8の18回、金星は8個です。

区分成績場所数
生涯(通算)663勝557敗58休100場所
幕内506勝441敗43休66場所
三役関脇21場所・小結13場所34場所
幕内優勝2回(いずれも平幕)—
三賞殊勲賞7・敢闘賞3・技能賞8計18回
金星8個—

※出典:日本相撲協会公式の年寄プロフィール(戦歴・受賞歴)(生涯・幕内・優勝・三賞・金星)・Wikipedia「琴錦功宗」(三役の内訳)(2026年10月30日取得)

三賞18回は安芸乃島に次ぐ数

三賞18回は、Wikipediaの集計では安芸乃島の19回に次ぐ数です。

協会の記録では殊勲賞7回・敢闘賞3回・技能賞8回で計18回です(日本相撲協会公式の年寄プロフィール(戦歴・受賞歴))。Wikipedia「三賞」の受賞回数表(2026年9月場所終了現在)では1位が安芸乃島の19回、2位が琴錦の18回です。受賞した場所は次のとおりです(Wikipedia「琴錦功宗」)。

賞回数受賞した場所
殊勲賞71990年7月・9月・11月、1991年11月、1995年7月、1998年5月・11月
敢闘賞31990年5月、1991年9月、1993年7月
技能賞81990年11月、1991年1月、1992年11月、1994年3月、1995年9月、1996年9月、1998年1月・11月

※出典:Wikipedia「琴錦功宗」(回数の合計は日本相撲協会公式の年寄プロフィール(戦歴・受賞歴)と一致)(2026年10月30日取得)

金星は貴乃花から3個

金星8個のうち3個は貴乃花からで、ほかに若乃花から2個、千代の富士・北勝海・曙から1個ずつです。

場所日相手の横綱
1990年5月12日目北勝海
1990年7月中日千代の富士
1995年7月中日貴乃花
1998年5月中日曙
1998年11月13日目貴乃花
1999年3月3日目若乃花
1999年5月7日目若乃花
1999年7月2日目貴乃花

※出典:Wikipedia「琴錦功宗」(数の8個は日本相撲協会公式の年寄プロフィール(戦歴・受賞歴)と一致)(2026年10月30日取得)

朝日山親方についてよくある質問

朝日山親方は元関脇・琴錦で、鎌ケ谷市の朝日山部屋の師匠です。よく調べられる点をまとめました。

Q. 朝日山親方と琴錦・朝乃山はどういう関係ですか?

A. 朝日山親方と琴錦は同じ人で、元関脇・琴錦(本名 松澤英行)が2016年から名乗る年寄名が「朝日山」です。名前の似た「朝乃山(あさのやま)」は高砂部屋の力士で、朝日山親方とは別の人です。

Q. 朝日山親方は何歳ですか?節目の年齢は?

A. 1968年6月8日生まれで、2026年10月30日時点で58歳です。生年月日と協会の記録から数えると、初土俵は15歳、新関脇は22歳、引退は32歳、朝日山部屋を興したのは47歳のときでした。

Q. 朝日山親方は理事ですか?協会での役職は?

A. 理事・副理事ではありません。協会の職務分掌では「委員」の区分にあり、職務は指導普及部です。2025年の初場所までは約6年半、審判部で土俵下の審判を務めていました。

Q. 朝日山部屋に関取はいますか?

A. 2026年10月30日に協会の部屋ページで確かめた時点でいません。いちばん上は幕下東44枚目の白月狼です。部屋ができたときに尾車部屋から移った朝日錦・朝日国・朝日龍の3人は、今の所属力士一覧に名前がありません。

Q. 先代の朝日山(元大関大受)とはどういう関係ですか?

A. 師弟ではありません。大受が率いた旧朝日山部屋は2015年2月に閉じ、力士4人は伊勢ヶ濱部屋へ移りました。元琴錦が継いだのは名跡だけで、Wikipediaの名跡表では、朝日山の名跡が空いていたのは大受の停年の2015年3月から2016年1月までの約10か月です。

Q. 朝日山部屋は何一門ですか?同じ一門の部屋は?

A. 伊勢ヶ濱一門です。親方は取材で「親方の所属した伊勢ヶ濱一門」と話しています。当サイトの伊勢ヶ濱部屋の記事では、一門の部屋は伊勢ヶ濱・安治川・浅香山・朝日山・大島の5つです。Wikipediaによると、朝日山部屋は2017年1月に二所ノ関一門から移りました。

Q. 琴錦の優勝は何回ですか?

A. 幕内優勝は2回で、どちらも平幕での優勝です。1991年秋場所に東前頭5枚目で13勝2敗、1998年九州場所に西前頭12枚目で14勝1敗でした。協会の記録では十両・幕下・三段目・序二段・序ノ口の各段優勝は0回で、優勝はこの幕内の2回だけです。

まとめ|朝日山親方は平幕優勝2回の元琴錦、鎌ケ谷で部屋を率いる

朝日山親方は平幕優勝2回の元関脇琴錦で、2016年から鎌ケ谷市の朝日山部屋を率いる58歳の師匠です。

現役時代は「F1相撲」と呼ばれた速攻で三役34場所を務め、三賞18回・金星8個を挙げました。引退後は6つの名跡を借りて協会に残り、2016年に空いていた「朝日山」を継いで、尾車部屋から弟子3人と独立しました。協会では審判部を約6年半務め、いまは指導普及部にいます。部屋には6人の力士がいて、いちばん上は幕下の白月狼です(協会の部屋ページ、2026年10月30日確認)。

同じく解説で声を聞く親方は大相撲の解説者一覧、同じ一門の部屋は伊勢ヶ濱部屋とは、尾車部屋を率いた元大関は琴風とは、今年の場所ごとの結果は場所別結果まとめで読めます。

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