2026年7月22日、大相撲名古屋場所11日目。関脇・安青錦が東前頭2枚目・豪ノ山を寄り切りで下し、この場所10勝目を挙げました。これで、大関から陥落した力士が翌場所すぐに大関へ戻る「1場所での大関復帰」が決定。1969年名古屋場所にこの特例が設けられて以降、8例目という珍しい返り咲きです。
しかも安青錦は、この10勝を左足にテーピングを巻いた状態で積み上げました。9日目に横綱・大の里、10日目に横綱・豊昇龍と、2日続けて横綱を倒しての大関復帰決定です。
この記事でわかること
- 11日目・豪ノ山戦の中身と、安青錦本人・師匠のコメント
- 「1場所での大関復帰」という特例制度のしくみと、10勝が条件になる理由
- そもそもなぜ大関から落ちたのか(春場所の綱取り失敗と夏場所全休)
- 22歳・ウクライナ出身力士がここまで駆け上がった軌跡
- 残り4日、史上初となる「復帰場所での優勝」の可能性
11日目、安青錦が1場所での大関復帰を決定|けがを抱えた今場所の軌跡
大関復帰の条件は「関脇の地位で10勝」。安青錦は11日目にその10勝目に到達し、条件をクリアしました。星は10勝1敗、この時点で優勝争いの先頭に立っています。
豪ノ山戦の流れ|押し相撲を止めて自分の形に持ち込んだ
相手の豪ノ山は、前に出る圧力を持ち味とする押し相撲の力士です。押し相撲に対して腰が浮けば、そのまま土俵の外まで運ばれてしまう。大関復帰のかかった一番としては、決して楽な相手ではありませんでした。
それでも安青錦は、相手の圧力を受け止めたうえでまわしを取り、最後は寄り切って勝負を決めています。決まり手は寄り切り。押してくる相手を止めて、自分の得意な四つの形に引き込んでからの勝利でした。左足を痛めている力士が、下半身の踏ん張りを問われる押し相撲を正面から受けて勝った——ここに、この一番の価値があります。
9日目・大の里、10日目・豊昇龍|2日連続の横綱撃破が土台をつくった
大関復帰を決定づけたのは、11日目そのものよりも、その直前の2日間でした。9日目に横綱・大の里を破り、翌10日目には横綱・豊昇龍も撃破。2日続けて横綱から白星を挙げ、9勝1敗として「あと1勝」に迫っていたのです。
この2日間で先に星を落としていれば、11日目の豪ノ山戦は「復帰決定」ではなく「まだ何番か必要」という状況になっていました。連続横綱撃破が、復帰決定を場所半ばまで前倒ししたと言えます。
| 日 | 対戦相手 | 結果 | 意味 |
|---|---|---|---|
| 9日目 | 横綱・大の里 | 勝ち | 8勝目。復帰へ前進 |
| 10日目 | 横綱・豊昇龍 | 勝ち | 9勝目。2日連続の横綱撃破、あと1勝 |
| 11日目 | 前頭2・豪ノ山 | 勝ち(寄り切り) | 10勝目。大関復帰が決定 |
星取が示す通り、上位陣との対戦を残した終盤ではなく、横綱2人を倒した直後の勢いのまま条件を満たした形です。
左足のテーピング|「痛みに耐えてよく頑張った」
今場所の安青錦は、左足にテーピングを巻いて土俵に上がり続けてきました。後述の通り、大関から陥落した直接の原因が、この左足のけがによる前場所の全休だからです。万全とは言えない状態のまま、休まずに10勝を積み上げたことになります。
師匠の安治川親方は「痛みに耐えてよく頑張った」と、弟子の粘りをねぎらいました。安青錦本人は復帰決定後、「ほっとした」「自分のことを信じ続けたことが大きかった」と、率直な安堵の言葉を口にしています。
SNS上でも、この日の反応は祝福の声が中心でした。連続横綱撃破の勢いと、けがを押しての10勝に驚く投稿が目立った一方、「無理をせず回復を優先してほしい」と体を気づかう声も上がっています。
「1場所での大関復帰」とは|10勝が条件になる特例制度のしくみ
大相撲では、大関が負け越すと翌場所は「カド番」となり、そこでも負け越すと関脇へ陥落します。ただし、落ちてそれきりではありません。陥落した直後の場所に限り、特別な救済ルートが用意されています。
条件は「陥落直後の場所で10勝」|1969年名古屋場所からの特例
その条件が、陥落した直後の場所で10勝以上を挙げることです。関脇の地位で10勝すれば、翌場所すぐに大関へ戻れます。この特例は1969年(昭和44年)名古屋場所に導入され、以来変わらず運用されてきました。
注意したいのは、これが「陥落直後の1場所限り」の権利だという点です。ここで10勝に届かなければ特例は失効し、以後は通常の力士と同じく、三役で好成績を積み重ねて大関昇進の審議にかけてもらうしかありません。つまり安青錦にとって今場所は、一度きりのチャンスだったことになります。
図解:大関陥落から復帰までの流れ
翌場所は「カド番」に
関脇へ陥落
ここで10勝すれば復帰(1回限り)
10勝に届かなければ特例は失効
安青錦は③のひとマスを、11日目という早い段階で通過したことになります。
現行制度で8例目|栃東は2度、直近は貴景勝
1969年の制度導入以降、この特例で大関に返り咲いた例は多くありません。安青錦で8例目です。場所数にすれば300場所以上が経過しているなかでの8例ですから、いかに難しいかがわかります。
過去には栃東が2度この特例で復帰しており、直近の達成者は貴景勝でした。貴景勝は2019年秋場所で10勝を挙げて条件を満たし、続く九州場所で大関に戻っています(10勝したのは秋場所、大関として土俵に上がったのが九州場所という順序です)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制度の導入 | 1969年(昭和44年)名古屋場所 |
| 条件 | 陥落直後の場所で、関脇の地位で10勝以上 |
| 有効回数 | 陥落直後の1場所のみ(届かなければ失効) |
| 達成例 | 安青錦で8例目。栃東は2度達成 |
| 直近の達成者 | 貴景勝(2019年秋場所に10勝→九州場所で復帰) |
なぜ大関から落ちたのか|春場所の綱取り失敗と夏場所の全休
制度の話がわかると、今度は「そもそもなぜ落ちたのか」が気になります。安青錦の大関在位は、わずか3場所でした。
2026年1月に大関へ昇進した安青錦は、続く春場所で早くも横綱昇進(綱取り)に挑みます。しかしこの場所で負け越し、綱取りは失敗。翌夏場所は左足のけがで全休となり、勝ち星をひとつも挙げられないまま関脇への陥落が決まりました。
つまり、実力で押し切られて落ちたというより、けがが直撃した形での陥落でした。だからこそ、今場所の焦点は「そのけががどこまで治っているか」に集まっていたのです。テーピングを巻いた左足のまま10勝したという事実は、この文脈で見ると重みが違ってきます。
図解:大関昇進から復帰までの時系列
2025年11月場所:幕内初優勝(豊昇龍との優勝決定戦を制す)
2026年1月:大関昇進。21歳8か月、ウクライナ出身初の大関
2026年 春場所:綱取りに挑むも負け越し
2026年 夏場所:左足のけがで全休 → 大関陥落(在位3場所)
2026年 名古屋場所11日目:10勝1敗で1場所での大関復帰が決定
22歳・ウクライナ出身|異例のスピードで駆け上がった軌跡
安青錦は2004年3月23日生まれの22歳。ウクライナ・ヴィーンヌィツャの出身で、本名はダニーロ・ヤブグシシンといいます。所属は安治川部屋です。
来日のきっかけは、2022年のロシアによる侵攻でした。母国を離れて同年4月に来日し、同じ年の12月に入門。初土俵は2023年9月場所です。土俵に上がり始めてから、まだ3年経っていません。
そこからの出世速度が、とにかく異例でした。所要9場所という早さで新入幕を果たし、初土俵から12場所での初金星は、1958年に年6場所制が定着して以降で最速とされています(付け出しなど番付外からの特殊な出発を除く比較です)。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本名 | ダニーロ・ヤブグシシン |
| 生年月日 | 2004年3月23日(22歳) |
| 出身 | ウクライナ・ヴィーンヌィツャ |
| 所属 | 安治川部屋 |
| 来日・入門 | 2022年4月来日、同年12月入門 |
| 初土俵 | 2023年9月場所 |
| 新入幕 | 所要9場所 |
| 幕内初優勝 | 2025年11月場所(豊昇龍との優勝決定戦) |
| 大関昇進 | 2026年1月(21歳8か月・ウクライナ出身初) |
21歳8か月での大関昇進は、ウクライナ出身力士としては初めての到達でした。その大関の座を一度失い、22歳にして自力で取り返した——今回の10勝は、この短い経歴のなかでも大きな節目にあたります。
残り4日、史上初の「復帰場所での優勝」なるか
大関復帰が決まったことで、視線はもう一つ先へ移っています。安青錦は11日目終了時点で10勝1敗の首位。このまま優勝すれば、大関復帰を決めた場所での優勝となり、1969年に特例が導入されて以降で史上初となります。
復帰を決めた力士がその場所でそのまま賜杯まで持っていった例が過去にないのは、考えてみれば自然なことでもあります。陥落した力士は多くの場合、けがや不調を抱えたまま土俵に上がっており、10勝に届くだけで精一杯になりやすいからです。10勝で終わらず優勝まで狙える位置にいること自体が、今の安青錦の状態の良さを物語っています。
優勝争いでは、平幕の琴栄峰が初日に敗れたあと2日目から白星を重ねて食らいついてきました。上位に安青錦、追う形に琴栄峰という構図です。両者が終盤に直接ぶつかるかどうかも含め、残り4日は一番ごとに優勝の行方が動きます。大関・霧島ら三役以上との対戦も残っており、安青錦にとって楽な日は一日もありません。
そしてもう一つ、ファンにとって気になるのが来場所の番付です。安青錦が大関に戻ることで、大関の顔ぶれと三役の枠組みが動きます。関脇の座がひとつ空けば、そこを狙う力士たちの終盤の星取りにも意味が出てくる。11日目の一番は、今場所の優勝争いだけでなく、次の場所の番付編成にも影響を与えた白星でした。
よくある質問
Q. 大関に1場所で復帰できる条件は何ですか?
A. 大関から陥落した直後の場所で、関脇の地位で10勝以上を挙げることです。1969年名古屋場所に導入された特例で、この権利が使えるのは陥落直後の1場所だけです。10勝に届かなければ特例は失効し、以降は通常の大関昇進審議を経る必要があります。
Q. 安青錦は何日目に大関復帰を決めたのですか?
A. 2026年7月22日、名古屋場所11日目です。東前頭2枚目・豪ノ山を寄り切りで破り、条件の10勝目に到達しました。この時点での成績は10勝1敗です。
Q. 安青錦はなぜ大関から落ちたのですか?
A. 2026年1月に大関へ昇進したあと、春場所で綱取りに挑みましたが負け越し、続く夏場所を左足のけがで全休したためです。大関在位は3場所でした。
Q. 復帰を決めた場所で優勝した力士は過去にいますか?
A. 1969年に特例が導入されて以降、大関復帰を決めた場所でそのまま優勝した例はありません。安青錦が今場所を制すれば史上初となります。
まとめ
名古屋場所11日目、関脇・安青錦が豪ノ山を寄り切って10勝目を挙げ、1場所での大関復帰を決めました。1969年の特例導入以降8例目という、めったに見られない返り咲きです。
けがで大関の座を失った力士が、そのけがを抱えたまま、横綱2人を連破して自力で戻ってきた。しかも、まだ22歳。残り4日、史上初の「復帰場所での優勝」がかかった土俵は、今場所いちばんの見どころになります。
※本記事は各種報道および日本相撲協会の発表内容をもとに構成しています。
