横綱の綱とは、大相撲の最高位である横綱が土俵入りの際に腰に締める白い太い綱のことです。麻・木綿・銅線から作られており、「横綱」という地位の名称そのものの語源でもあります。本記事では、綱の素材・構造・重さ・作り方・歴史まで、知られざる詳細をまとめて解説します。
横綱の綱とは:地位の名称を生んだ白い綱
横綱の綱は、大相撲の最高位・横綱だけが土俵入りの際に着用を許される特別な綱である。
大相撲の最高位「横綱」という呼び名は、この綱を横に締めることに由来しています。つまり、横綱という番付の地位名は「綱を横に締める者」という意味から生まれたものであり、綱そのものも「横綱」と呼ばれます。
横綱の綱は、白い太い縄状の形状をしており、正面には厚めの和紙製の「紙垂(しで)」が挟み込まれています。この紙垂は神社のしめ縄にも用いられる意匠であり、横綱が神聖な存在の象徴であることを示しています。横綱は「全力士の代表であると同時に、神の依り代である」とされており(日本相撲協会公式サイトより)、綱はその証として機能しています。
横綱以外の力士がこの綱を締めることは認められておらず、最高位の証として特別な意味を持ちます。
以下の基本的な疑問からまず確認しておきましょう。
Q. 横綱の綱は何でできている?
A. 米ぬかで揉みほぐした麻をさらし木綿で包んだものを3本作り、より合わせて1本に仕上げています。中央部には形を保つための銅線が入っており、正面には和紙製の紙垂が挟み込まれています。(日本相撲協会公式サイトより)
綱の素材と構造を理解すると、なぜ横綱の土俵入りがあれほど重厚感を持つのかがわかってきます。次のセクションで詳しく見ていきましょう。
素材・構造・スペック:麻と銅線が生む重みと神聖さ
横綱の綱は、麻・さらし木綿・銅線の3素材から作られた精緻な構造物である。
横綱の綱の内部構造は、次のようになっています。まず、米ぬかで丁寧に揉みほぐして柔らかくした麻の繊維を、幅50センチ・長さ8メートルほどのさらし木綿でくるみ、細い綱を3本作ります。中央部には銅線が芯として入れられており、背後の輪の立体的な形状を保つ役割を果たします。この3本の細い綱を縒り合わせて1本の太い綱に仕上げます。綱の中心部(腹に来る部分)は麻の量を増やして最も太く、両端に向かって細くなる形状です(日本相撲協会公式サイトより)。
綱の主なスペックは以下のとおりです。
| 項目 | 数値・詳細 |
|---|---|
| 重さ | 約5〜6kg(力士の体格・型により異なる)※ |
| 長さ(完成後) | 約4〜4.5m |
| 素材 | 麻・さらし木綿・銅線 |
| 正面の装飾 | 和紙製の紙垂(しで) |
| 芯材 | 銅線(輪の形状保持のため) |
(日本相撲協会公式サイトより)
※情報源により異なる場合があります。土俵入りの型(雲龍型・不知火型)や力士の体格によって重さが変わり、化粧まわしと合わせると20kgを超えることもあります。
重さについてよくある疑問をまとめます。
Q. 横綱の綱はどれくらいの重さ?
A. 日本相撲協会の公式情報では約5〜6kgとされています。ただし力士の体格や土俵入りの型によって異なり、化粧まわしと合わせると20kgを超えることもあります。(日本相撲協会公式サイトより)
これだけの重さの綱を腰に締め、四股を踏む横綱の身体能力の高さがうかがえます。次は、その綱がどのようにして作られるかを見ていきます。
綱打ちとは:20人がかりで完成する一門の大仕事
綱打ちとは、横綱の綱を部屋と一門の力士が総出で作り上げる作業のことである。
横綱の綱を作る作業は「綱打ち(つなうち)」と呼ばれ、かつては「綱撚り(つなより)」とも言われていました。この作業は、横綱が所属する部屋の力士だけでなく、同じ一門に属する他部屋の力士も呼び集め、20名前後が参加する大がかりな共同作業です。
綱打ちの工程は以下の流れで進みます。
以下の図は、綱打ちの主な工程を順番に示したものです。
まず数日前から、部屋の幕下以下の若い衆が麻の繊維を米ぬかで一日がかりで揉みほぐし、柔らかく仕上げます。綱打ち当日は、銅線を芯にしてほぐした麻を配し、さらし木綿(通常は白)で巻いて細い綱を3本作ります。次に、白手袋をはめた力士たちが1本ずつ手でねじります。そして最大の見せ場として、「ひ、ふ、み、それ、イチ、ニィ、サン」という掛け声と太鼓のリズムに合わせて、3本の綱を縒り合わせて1本の太い綱に仕上げます(大相撲中継より)。縒り合わせが完成したら、古い綱と並べて長さを確認し、横綱の体格に合わせてはさみとペンチで調節。最後に正面に紙垂を挟んで完成となります。出来上がった綱は横綱本人が締めて感触を確かめ、次の場所に向けた土俵入りの稽古を行います。
綱打ちにはテレビ局やスポーツ新聞の取材が入ることが多く、近年ではYouTubeやSNSでその様子が公開されることも増えています(Wikipedia「横綱土俵入り」より)。X(旧Twitter)上でも、巡業先での綱締め実演の動画や写真を共有する投稿が見られ、初めて綱打ちを目にしたファンから驚きの声があがっています。
綱打ちのタイミングと使用期間についてまとめます。
Q. 横綱の綱はどうやって作る?
A. 「綱打ち」と呼ばれる作業で、部屋と一門の力士20名前後が総出で制作します。掛け声と太鼓に合わせて3本の細い綱を縒り合わせて1本に仕上げ、完成後は横綱本人が締めて感触を確かめます。(大相撲中継より)
Q. 横綱の綱はいつ作り替える?
A. 東京で開催される1月・5月・9月の3場所の前に毎回新調されます。また新横綱が誕生した際にも綱打ちが行われます。使い終わった綱は博物館や後援者に贈られることが多いです。
このように、綱は2場所ごとに新調される消耗品でもあります。型によって綱の形状が変わることも、綱打ちの重要なポイントです。
雲龍型と不知火型:型が変われば綱の形も変わる
土俵入りの型は雲龍型と不知火型の2種類があり、それぞれ綱の背後の輪の数が異なる。
横綱の土俵入りには「雲龍(うんりゅう)型」と「不知火(しらぬい)型」の2つの型があり、綱の形状もこれに合わせて作られます。型の選択は横綱本人が決め、昇進後に変更することは原則ありません。
2つの型と綱の違いを以下の表で確認できます。
以下の図は、雲龍型と不知火型それぞれの綱の背後の輪の形の違いを示したものです。
| 項目 | 雲龍型 | 不知火型 |
|---|---|---|
| 背後の輪の数 | 1つ | 2つ |
| 綱の長さ・重さ | 比較的短く軽め | より長く重め |
| せり上がりの所作 | 左手を胸に、右手を伸ばす | 両手を左右に伸ばす |
(日本相撲協会公式サイトより)
輪が2つになる不知火型は、雲龍型よりも綱が長く重くなります。型の違いは綱打ちの際にも考慮されており、横綱の体格に合わせた調整が行われます(大相撲中継より)。
Q. 雲龍型と不知火型で綱の形が違う?
A. はい。雲龍型は背後の輪が1つ、不知火型は2つです。輪が2つになる不知火型の方が綱が長く重くなります。型の選択は横綱本人が決め、土俵入りの所作とセットで定められます。(日本相撲協会公式サイトより)
このように、綱は単なる装飾品ではなく、横綱の土俵入りの型と一体となった道具です。この綱の伝統はいつ、どのように生まれたのでしょうか。
歴史と由来:1789年に生まれた横綱の証
横綱の綱の起源は、1789年(寛政元年)に谷風梶之助と小野川喜三郎が横綱免許を受け、白麻の綱を腰に締めて土俵入りを行ったことに始まる。
その後、1890年(明治23年)5月場所から番付に「横綱」の文字が記載されるようになり、1909年(明治42年)には最高位の地位として正式に明文化されました(日本相撲協会公式サイトより)。綱はその地位の証として制度化され、現在に至ります。
「神社のしめ縄が起源」という説も広く語られますが、日本相撲協会の公式見解では「定かではない」とされており、断定はできません。
なお、綱の形状は時代とともに変化しており、昭和11〜12年頃以前の綱は現在よりもはるかに細く、重さも約3kg・直径5cmほどと小ぶりなものでした。力士の大型化が進むにつれて綱も大きくなり、現代の形に近づいていきました。
使い終わった綱はどこへ:博物館・後援者・お焚き上げ
役目を終えた横綱の綱は、博物館・学校・後援者などに贈られることが多い。
年3回の綱打ちにより、1年間で3本の綱が新調されます。使い終わった綱はその神聖さゆえ、廃棄ではなく大切に扱われるのが慣例です。博物館や相撲関連の施設に展示されたり、後援会員や縁のある学校に贈られたりするケースが多く見られます(大相撲中継より)。
X(旧Twitter)上では、現役横綱が休場して土俵入りが見られない場所に際し、「横綱の綱締めが見たかった」「横綱土俵入りがないのは寂しい」という声が多くのファンから投稿されています。横綱の綱と土俵入りが、大相撲観戦の大きな楽しみの一つであることが、ファンの反応からもよく伝わります。
まとめ
横綱の綱は、麻・木綿・銅線から作られた最高位の証です。重さや形状は力士の体格や土俵入りの型によって異なり、年3回・一門総出の「綱打ち」で新調されます。1789年(寛政元年)に始まる伝統は230年以上続いており、横綱という地位名の語源でもあります。土俵入りでその綱を目にする機会があれば、こうした背景を思いながら観てみてください。
