相撲(すもう)とは、まわしを締めた2人の力士が直径4.55メートルの土俵の上で組み合い、相手の身体(足の裏以外)を土につけるか土俵の外に出せば勝利となる競技です。その起源は1,300年以上前の神話にさかのぼり、スポーツと伝統文化・神事の側面を併せ持つ日本固有の国技です。
相撲の意味と読み方
相撲(すもう)とは、まわしを締めた2人の力士が土俵の上で組み合い、力と技で勝敗を決める日本固有の伝統競技です。
日本相撲協会は相撲を「人間の闘争本能の発露である力くらべや取っ組み合いから発生した伝統あるスポーツ」と位置づけています(日本相撲協会公式サイトより)。単なる格闘競技にとどまらず、神事・伝統文化・スポーツという複数の側面を併せ持っている点が大きな特徴です。
取組を行う競技者は「力士(りきし)」と呼ばれます。勝負の場となる「土俵(どひょう)」は、直径4.55メートル(15尺)の円形で、20本の俵で境界が作られています。
「大相撲」は日本相撲協会が主催するプロの興行を指す言葉で、年6回の本場所が開催されます。草相撲・奉納相撲などのアマチュア相撲も含めた相撲全般とは区別されます。
Q. 相撲と大相撲の違いは何ですか?
A. 相撲は競技全般を指す言葉です。大相撲は日本相撲協会が主催するプロの興行を指し、年6回の本場所が開催されます。草相撲や奉納相撲などのアマチュア相撲とは区別されます。
相撲のルールや歴史を知ることで、土俵上の攻防がより深く楽しめるようになります。次のセクションから、ルール・歴史・魅力を順に解説していきます。
相撲のルールをわかりやすく解説
相撲のルールは「相手を土俵の外に出すか、足の裏以外を地につかせれば勝ち」という明快な一文に集約されます。
ただし、土俵際の微妙な判定には「死に体(しにたい)」という伝統的な概念があります。物理的にはまだ土俵内にいても、相手にしがみついていなければ倒れることが確実な状態と判断された場合、勝負審判が「死に体」として敗北を宣告することがあります。
禁じ手(反則負け)
以下の行為は禁じ手とされ、行った力士が即座に反則負けとなります。
- 握りこぶしでの殴打
- 目・みぞおちなど急所への突き
- 胸や腹への蹴り上げ
また、取組中にまわしが完全に外れてしまった場合は「不浄負け」として負けになります。
制限時間
立ち合いまでの仕切り(構え直し)には、階級別に制限時間が設けられています。
- 幕内:4分以内
- 十両:3分以内
- 幕下以下:2分以内
この制限時間は、1928年(昭和3年)に始まった大相撲のラジオ放送を放送枠内に収めるために導入されたものです(Wikipediaより)。
決まり手
勝負を決めた技は「決まり手(きまりて)」として記録されます。日本相撲協会が定める決まり手は82種類の技と、反則・勇み足などの非技5種類に分類されます(笹川スポーツ財団スポーツ辞典より)。
以下のよくある疑問もご参考ください。
Q. 相撲はどんなルールで勝負が決まりますか?
A. 相手の身体(足の裏以外)を土につけるか、土俵の外に出せば勝ちです。禁じ手(握りこぶしでの殴打、目への突きなど)を行うと反則負けになります。
Q. 相撲に体重制限はありますか?
A. 大相撲には体重別の階級制度がありません。体重差が100kg以上ある力士同士が同じ土俵で取組を行うこともあります。
このシンプルでいて奥深いルールが、千年以上にわたって相撲を支えてきました。次は、そのルールが生まれるまでの長い歴史を振り返ります。
相撲の歴史と始まり ― 神話から江戸時代まで
相撲の歴史は、日本最古の書物にまで遡ります。
相撲の起源は、『古事記』(712年)や『日本書紀』(720年)に記された神話の力くらべとされています。建御雷神(たけみかづちのかみ)と建御名方神(たけみなかたのかみ)による国ゆずりの力くらべ、および野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の天覧勝負が、その始まりとして伝わっています(日本相撲協会公式サイトより)。
稲作文化が根付いた時代には、農作物の収穫を占う神事として行われ、後に宮廷行事「相撲節会(すまいのせちえ)」として約300年にわたって続きました。
その後の主な変遷を以下の年表で確認できます。
鎌倉・戦国時代には武士の戦闘訓練として取り入れられ、織田信長も深く愛好して各地から力士を集めた上覧相撲を催したことが記録に残っています。
江戸時代に入ると、浪人や力自慢の者が相撲を職業とするようになり、寺社の造営費を集める名目の「勧進相撲(かんじんずもう)」として興行が発展しました。1684年(貞享元年)には江戸での興行が正式に許可されます。谷風・小野川・雷電という三大強豪が登場した江戸時代中期には将軍上覧相撲も開催され、土俵入り・番付表・化粧廻し・髷・着物・行司といった現代の大相撲の様式が確立されました(日本相撲協会公式サイトより)。
1909年(明治42年)には両国に「国技館」が建設され、相撲は「国技」として広く認識されるようになります。1925年(大正14年)には東京・大阪の相撲協会が合併して日本相撲協会が誕生し、現代の大相撲の枠組みが整いました。
Q. 相撲はいつ始まりましたか?
A. 起源は『古事記』(712年)や『日本書紀』(720年)に記された神話の力くらべとされています。現在の形に近い大相撲の様式は江戸時代に整いました。
こうした長い歴史を経て形成されてきた相撲には、現代でも多くの伝統的な所作や様式が受け継がれています。次は、その担い手である力士と番付の仕組みを見ていきましょう。
力士とは? ― 番付・階級の仕組み
力士とは、まわしを締めて土俵に上がり、相撲の取組を行う競技者のことです。
大相撲においては四股名(しこな)を名乗り、髷を結い、日本相撲協会に所属して相撲を職業とする者を力士と呼びます。力士の強さは「番付(ばんづけ)」と呼ばれる格付けで示され、本場所の成績によって毎場所更新されます。
番付の序列は上位から以下の通りです。
| 番付 | 読み方 | 備考 |
|---|---|---|
| 横綱 | よこづな | 最高位。降格なし・不成績なら引退 |
| 大関 | おおぜき | 横綱に次ぐ地位 |
| 関脇 | せきわけ | 三役(幕内上位三役) |
| 小結 | こむすび | |
| 前頭 | まえがしら | 横綱〜前頭までが「幕内」 |
| 十両 | じゅうりょう | 十両以上が「関取」と呼ばれる |
| 幕下 | まくした | 関取未満(取的) |
| 三段目 | さんだんめ | |
| 序二段 | じょにだん | |
| 序ノ口 | じょのくち | 最下位。入門後最初の番付 |
十両以上の力士を「関取(せきとり)」と呼び、給与・待遇・しきたりなど多くの面で幕下以下と明確に区別されます。横綱は品格・力量ともに抜群と認められた力士のみが昇進でき、降格制度がないかわりに成績が振るわない場合は引退が求められる特別な地位です。
Q. 力士になるにはどうすればいいですか?
A. 中学校を卒業した23歳以下の男性が相撲部屋に入門し、前相撲から始めて番付を上げていくのが一般的なルートです。
こうした厳格な階級社会と礼儀作法こそが、相撲を単なるスポーツ以上の存在にしている要因のひとつです。次は、その魅力をあらためて整理します。
相撲の魅力 ― なぜ1,300年以上愛され続けるのか
相撲が長く愛され続ける理由は、スポーツとしての面白さだけではありません。
相撲の魅力は大きく4つの軸に整理できます。
① スポーツとしての純粋な面白さ
体重差・体格差を超えた力と技の攻防は、一瞬で決着がつく緊張感とともに観る者を引きつけます。82種類の決まり手は技術の多様性を示しており、見るたびに新たな発見があります。
② 神事・伝統文化としての深み
取組前の塩まきは土俵を清める神道の儀式に由来し、四股(しこ)踏みは大地の邪気を払い五穀豊穣を祈る所作です。行司の装束は約600年前の武家社会に由来し、土俵入りの様式も江戸時代から変わっていません。スポーツ観戦でありながら、日本の歴史文化に触れられる点が相撲ならではの体験です。
③ 明快な階級社会と人間ドラマ
序ノ口から横綱までの長い道のりを、力士たちは一番一番の取組で積み上げていきます。番付という明確な結果指標が、力士一人ひとりのドラマを生み出します。
④ 礼儀と品格
「礼に始まり礼に終わる」と言われる相撲は、競技の外側にも礼儀作法が徹底されています。横綱に求められる「品格」という概念は、他のプロスポーツには見られない相撲固有の価値観です。
X(旧Twitter)上では場所中盤に差し掛かると「毎日見るのが楽しみ」「ルールはシンプルなのに奥が深い」といった声が多く投稿されており、初心者からベテランファンまで幅広い層に支持されている様子がうかがえます。
Q. 相撲はスポーツですか、それとも神事ですか?
A. どちらの要素も持っています。日本相撲協会は「伝統あるスポーツ」と位置づけており、同時に塩まきや四股踏みなどに神道の儀式が色濃く残っています。
スポーツ・文化・神事の三つが重なり合う場が土俵であり、それが相撲を1,300年以上にわたって日本人の生活に根づかせてきた理由といえるでしょう。
まとめ
相撲とは、まわしを締めた2人の力士が土俵の上で力と技を競い合う、1,300年以上の歴史を持つ日本固有の伝統競技です。ルールはシンプルですが、82種類の決まり手・番付による階級制度・神道に由来する儀式的な所作が組み合わさって、奥深い世界を形成しています。本場所は年6回開催されており、国技館や各地方会場で生観戦することもできます。
